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いたわり合った両親 一本気な父、優しかった母

■新地町大戸浜 門馬清さん(69)みよ子さん(61)

 東日本大震災から11日で2年7カ月となる。いたわり合っていた父母が突然押し寄せた大津波にさらわれた。遺族は長い時間をかけて悲しみを受け入れた。
 清さんとみよ子さんは2人暮らしだった。震災当日、新地町大戸浜にある自宅から一緒に避難する途中、津波にのまれたとみられている。新地町農業委員会事務局に務める次男の学さん(37)は両親の面影を今も忘れられない。
 清さんとみよ子さんは相馬市のアルプス電気に勤めている時に知り合い、職場結婚した。二男一女に恵まれた。みよ子さんは風邪で寝込むとよく「ユズみそをふろふき大根につけて食べたい」と言った。清さんは、季節外れで店で手に入りにくい時でも、近所の家を訪ねてユズを探し、妻に食べさせた。学さんらには、困ったら助け合う夫婦の絆に見えた。
 清さんは一本気な性格で、曲がったことが大嫌いだった。自らに厳しく、子どもたちには自立するよう求めた。約10年前に自宅を建て替えた際、社会人になり同居していた学さんに「老後に母ちゃん(みよ子さん)と住む家だから学の部屋はない。自分で家を探せ」と「独り立ち」を促した。定年後は自宅の畑でトマトやナスなどの野菜作りを楽しんでいた。
 みよ子さんはだれにでも優しく、勉強熱心だった。清さんとの結婚を機に退社したが、学さんが生まれたころに医療事務の資格を取った。宮城県山元町の病院に勤務し、60歳の定年後もしばしば病院事務を手伝った。同県丸森町の実家に住む父母の面倒を見ようと、介護ヘルパーの勉強にも励んでいた。
 地震発生時、みよ子さんは新地町役場近くにある町保健センターで介護ヘルパーの勉強会に参加していた。清さんが心配になり、自宅に戻った。2人が自宅で車に乗ろうとしている姿が目撃されている。みよ子さんは震災から3日後に自宅近くで、清さんは約3週間後に自宅から約1キロ離れた山の近くでそれぞれ発見された。
 学さんは、地震発生直後から町内の被害調査や安置所の担当となり、両親の安否を確認することができなかった。清さんがなかなか見つからず、諦めかけた時もあった。両親を失ったことを受け入れるのには時間がかかった。2人の遺骨は自宅近くの山の墓地に埋葬した。学さんは今、「いたわり合っていた父と母を一緒のお墓に入れることができて良かった」と思うようになっている。

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