東日本大震災

「原発事故関連死」アーカイブ

  • Check

(51)ストレス 仮住まい 慣れない環境 減り続ける仮設住民 行政、実態の把握に苦心

郡山市の稲川原仮設住宅。夜間も駐車場はがらんと空いたままだ

 東京電力福島第一原発事故に伴う仮設住宅暮らしが長期化する中、住民同士のつながりが希薄になるという課題が浮かぶ。
 郡山市富田町の稲川原仮設住宅。2階建ての9棟が並ぶ。平成24年1月31日に「帰村宣言」した川内村の村民が避難生活を送る。入居当初は子育て世代を中心に220人ほどが暮らした。夕方になれば、学校帰りの子どもたちの笑い声が響いた。
 月日がたつにつれ、住民の多くが元の自宅や借り上げ住宅などに住まいを移した。住民によると、常時暮らしているのは40人ほど。夜でも、駐車場はがらんと空き、明かりがともる部屋はまばらになった。
 人口に対する「帰村率」は10月時点で5割を超えた。完全な帰還と週4日以上、村内で生活する人数を「帰村」と捉え、村が集計した。住民課長の横田善勝さん(60)は「帰村の動きは予想できた流れ」と受け止める一方、仮設住宅に残った住民の生活を考えると手放しに喜べなかった。

 かつては、福島第一原発から20キロ圏内の旧警戒区域に約360人、旧緊急時避難準備区域に約2600人が住んでいた。現在は村を除き、郡山、いわき両市に計5カ所の仮設住宅があり、約440世帯が生活する。入居率は9割近い。ただ、避難先と村とを往来する住民が増え、仮設住宅を暮らしの本拠にしているかどうかはつかめない。横田さんは「行政側が村民の細かな生活実態まで把握するのは難しい。個別の事情にまで立ち入るわけにはいかない」という。
 避難先の村民に対しては、安否を見守ったり、憩いの場を提供したりする民間委託の「保守員」や村社会福祉協議会の「生活支援相談員」を仮設住宅などに配置している。県の緊急雇用事業の補助金を活用している。震災以降、孤独死はないという。
 横田さんは2カ月に1度、保守員らを交えた話し合いの場を設け、状況把握に努める。そのたび、仮設住宅の居住数、集会所で開かれるイベントの機会が減ったと感じている。ある仮設住宅の自治会長の無職男性(74)は「最近は、周りの雰囲気が寂しくなった」と話す。今後、帰村の動きがより活発になれば、現状の見守りのための補助金が下りるか、分からない。広域に避難しており、村職員だけでは対応に限界がある。
 仮設住宅の入居期限は今のところ27年3月末まで。災害公営住宅の入居が始まれば、また住まいが替わる。村だけではなく、双葉郡全体を考えれば「住民同士のコミュニティーの継続が必要になる」と横田さんは訴える。

 震災前の22年4月に住民課長となり、村民の動向を見詰めてきた。「震災当時に比べ、衣食住が安定した今、みんなで文化的な行事を楽しむなど、心にゆとりを持つのが、これからの課題」とみている。在職中に提案したいことがある。「県内の主要四市に、避難した住民が集まれるような施設を設置できないか」

カテゴリー:原発事故関連死

「原発事故関連死」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧