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いつも陽気な母 信頼厚く、30年以上檀家総代

 東日本大震災から11日で2年10カ月となる。平成23年3月11日の大津波は大切な母親の命を奪った。犠牲になった方の人生と残された家族の思いを記す。

■南相馬市原町区矢川原 鈴木サトさん 95

 サトさんは陽気な性格で、しっかり者だった。体が丈夫だったころは、孫のために竹馬を作り、自ら乗りながら遊び方を教えた。自宅のテーブルを台にして、家族と卓球も楽しんだ。同居していた次男の里利(さとり)さん(72)は、誰よりも明るく生きた母親を思い浮かべる。
 サトさんは南相馬市原町区押釜に生まれ、農業の傍ら市内の工場に勤務していた利男さん=享年(74)=と結婚した。農家の嫁としてコメやムギ、葉タバコを栽培する傍ら、3男2女を育てた。毎日午前4時に起き、家事や畑仕事に精を出した。日記と家計簿を毎日欠かさず付けるきちょうめんさもあった。地域の人からの信頼が厚く、市内の寺の檀家(だんか)総代を30年以上務めた。
 夫の利男さんを約30年前に病で亡くし、近年は家族9人で暮らしていた。体調を崩して1人で食事を取ることができなくなり、6年前ごろ市内の介護老人保健施設「ヨッシーランド」に入所した。
 平成23年3月11日の震災発生時も施設内にいた。里利さんは施設が津波に襲われたと聞き、急いで車で施設に向かった。道路は海水で覆われ、施設に近づくことさえできなかった。翌日、安置所となった原町高の体育館でサトさんと無念の再会をした。
 今年の正月、里利さん宅に親族が集まった。一人一人、サトさんの遺影に手を合わせた。「100歳まで頑張る」。晩年、サトさんがよく口にした言葉だ。
 里利さんは「悔しかっただろう。みんなで母ちゃんの分まで長生きするよ」と誓った。

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