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核施設の除染進む 復興遂げる周辺地域

いわき市の面積を上回る広大なハンフォード・サイト。中央奥に、かつて高校だった建物が見える=米国ワシントン州

 「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想」の策定に向けて政府の視察団が訪れた米国ワシントン州の核施設「ハンフォード・サイト」。16日、米エネルギー省は同行した記者に敷地内への立ち入りを許可した。日本の報道関係者としての取材は異例という。
 ワシントン州シアトルの南東約350キロに位置する。コロンビア川流域に広がり、面積は約1500平方キロある。いわき市の市域約1200平方キロを上回る。敷地内の原子炉9基と再処理施設5基は現在、全基が運転停止している。
 1943年、第2次世界大戦中の原爆製造計画「マンハッタン計画」の一環で同所に核施設が建設され、プルトニウム製造が始まった。当時、敷地内に住んでいた約1500人の住民は移住した。
 プルトニウムの製造は80年代後期に終わったが、敷地内では放射性物質による地下水汚染などが起きた。89年、除染に向けてエネルギー省、環境保護庁、ワシントン州の三者が除染費用の負担やスケジュールなどで合意。年間約2000億円を投入して除染を進めている。
 敷地内の取材は政府視察団と別行動で、エネルギー省の職員2人が立ち会った。厳重なセキュリティーチェックを受け、連邦政府ビルに入った。立ち入り許可証を作り、職員運転の乗用車で敷地内に進んだ。
 当日は霧が深く立ち込めていたが、雄大な草原が目に飛び込んできた。車内からは先住民の住んでいた痕跡を見ることができた。住民の移住とともに廃校となった高校、銀行などの建物も残っている。道路脇には「シカに注意」の看板があった。
 1日当たり作業員9000人が敷地に出入りする。取材中も多くの作業員の車と擦れ違った。敷地内にある協力企業のオフィスに入ると多くの男女が自由な服装で机に向かっていた。敷地内の放射線量は低く、屋外の作業員は東京電力福島第一原発のような防護服や全面マスクを着用しないで働いていた。
 約2時間の取材を終え、敷地外に出ようとすると霧が晴れてきた。敷地を離れて数分たつと、除染や廃炉に携わる作業員が住む都市・リッチランドの町並みが見えてきた。
 福島第一原発周辺の復興までの道のりは長く厳しい。除染など同様の課題を抱えながらも復興に向けて進む周辺地域を目の当たりにし、福島再生への勇気を得た。(本社報道部・丹治隆)

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