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(64)はけ口 アルコール 依存からの脱却 妻に愛想尽かされ 酔いに任せ離婚届に判

再飲酒した男性に妻は離婚を迫った。酔った勢いで判を押した

 東京電力福島第一原発事故に伴う避難中、大熊町の元原発作業員男性(59)の「隠れ飲み」が始まった。娘婿の社員寮は新潟県柏崎市にあった。男性にとって3カ所目の避難先だった。間取りは2LDK。田村市や会津若松市の体育館のような騒がしさも、対人関係の煩わしさもなかった。
 避難所暮らしから抜け出して「気が抜けた」ような気分だった。開放感もあった。酒を断つどころか、朝から晩まで飲み続けた。「どうせ古里には帰れない。仕事もない」。眠れない、手が震える、イライラする、その全てを酒が解消してくれた。酔うと決まり文句が口をついた。「原発事故さえなければ...」

 平成23年4月中ごろのことだったと記憶している。社員寮で泥酔した男性の傍らで、妻(63)がテーブルの端を見つめて言った。
 「あなたと離れたい」
 酔いが回った男性は、どうせ一時的な感情だろうと聞き流したが、妻は本気だった。
 数日後、酒を買い出しに行って社員寮に戻ると、妻の姿はなかった。携帯電話を鳴らしても出ない。娘に確認すると、妻は関東地方の姉のところに身を寄せたらしかった。
 深酒のせいで女房に愛想を尽かされた。情けないが、慌てた。炊事も洗濯もまともにやったことがない。暮らしていけるか不安になった。それにも増して、無人島に置き去りにされたかのような孤独感が堪えられなかった。妻の携帯電話にメールを入れてみた。初めてのことだった。「どこに行ったんだよ」
 数日後、妻から連絡があった。娘が避難している県南地方に越したという。男性は早々に荷物をまとめた。だが、妻のアパートに転がり込むことは拒否され、別のアパートを借りることになった。
 「さすがに酒をやめないとまずいなと思った」
 5月上旬、県南地方の病院の心療内科を受診した。「酒がないと眠れないんだ」と医師に訴えた。原発事故に伴う避難生活のストレスが不眠の原因だろうと言われ、睡眠薬が処方された。それだけだった。
 自力で酒を断った。10日間ぐらいたっただろうか。「スリップ(再飲酒)したんだ」。朝方まで寝付けず、イライラして酒に手を出したという。「おれはもう、だめだ」。坂道を転がり落ちるように、酒浸りの生活に逆戻りした。
 男性が再び飲み始めたことを知った妻はあきれたようだった。緑色で印字された紙をアパートに持ってきた。「もう我慢できない」と離婚を迫られた。妻の署名、押印があり、空欄を男性が埋めるばかりになっていた。男性は酔いに任せてサインし、判を押した。
 その後の生活は荒れに荒れた。掃除も洗濯も煮炊きもろくにせず、手が震えだしたら酒を買ってきて飲むの繰り返しだった。本当に死にたい―。夢なのか現実なのか判然としない中で、何度も脳裏をよぎった。

 離婚して半年がたった平成23年10月4日。娘が男性のアパートを訪ねてきた。
 「あした病院に行くよ、必ずだからね」
 酒に溺れた父親をこれ以上見ていられなかったらしい。まな娘の訪問に小躍りしたい気分だったが、「今さら病院なんかに行っても」と悪態をついてみせた。
 翌朝、娘と妻が連れ立って迎えに来た。「ほら、早く行くよ」。男性は身支度をせずに朝から飲んでいた。よれよれの寝間着に、ぼさぼさの髪。向かった病院は、アパートから約50キロ離れた郡山市にあった。
 アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症に関する専門外来だった。

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