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夫婦で稲作や養蚕 大相撲観戦楽しむ 父子2代行政区長

■南相馬市原町区萱浜 新川広美さん(86)トシ子さん(86)政広さん(66)

 広美さんと妻のトシ子さんは二人三脚で稲作や養蚕、畑作に取り組んだ。2人で大相撲のテレビ観戦をするのが大好きだった。長男の政広さんは広美さんと2代続きで地区の行政区長を務めた。3人は迫り来る津波から車で逃げる途中、犠牲になったとみられている。
 広美さんとトシ子さんは幼なじみで、昭和18年ごろに結婚した。広美さんは農家の2代目として毎日、田畑で汗を流した。穏やかな性格だった。行政区長や民生委員を務め、地域住民から信頼されていた。たまの休みに友人と温泉に出掛けるのを楽しみにしていた。
 トシ子さんは広美さんを支えながら、二男二女を育てた。養蚕では工夫を重ねて高品質の生糸を作り、県の品評会で表彰された。地域で評判の働き者だった。
 広美さん、トシ子さんは70代になり、政広さんに家業を引き継いだ。テレビの大相撲中継が始まると、地元ゆかりの元大関・栃東関(現玉ノ井親方)を応援していた。
 政広さんは相馬農高を卒業し当時の原町市の職員になった。農政部門が長く、建設部なども歩いた。妻との間に二男一女を授かった。定年退職後は、広美さんも務めた行政区長として地域のまとめ役に奔走した。野球や山登りが趣味で、仲間とともに国内外の山に挑んだ。

 地震が発生した時、広美さん、トシ子さん、政広さんは海岸から1キロほど離れた自宅にいた。政広さんは近くにある地区の公会堂で住民と話した後、広美さんとトシ子さんを車に乗せた。その後、津波にのまれたとみられている。広美さんと政広さんは2日後、自宅から800メートルほど北西にあった介護老人保健施設「ヨッシーランド」の敷地内で見つかった。トシ子さんはまだ行方が分からない。
 親族は23年11月、3人の合同葬を営んだ。広美さんの次男の芳秀さん(64)は「震災から3年がたつが、いまだにおふくろだけ見つからず悔しい。働き者だった両親と兄貴はこれからゆっくりと自分たちの時間が過ごせるはずだったのに」とやり切れない思いを抱いている。

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