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温厚実直、しつけ熱心 理容店営み、趣味多彩

■南相馬市原町区萱浜 木幡安司さん(53)富美子さん(54)

 安司(やすし)さんと富美子さんは仲のいい夫婦だった。ともに自宅にいたところを津波に襲われたとみられている。
 安司さんはトラック運転手として県内各地を走り回っていた。実直で温厚な性格だった。曲がったことが嫌いで、字の書き方や食べ方、靴の並べ方などを子どもたちに厳しく指導した。仕事を終えて帰宅後、焼酎やウイスキーをゆっくりと飲むのが好きだった。
 唯一の趣味が魚釣りだった。長男の竜一さん(25)と次男の強さん(23)が子どもだったころ、休日になると一緒に近所の川に行き、1日中、釣り糸を垂らした。安司さんは釣ったフナやコイを自宅の水槽に入れては、満足そうに見ていた。
 富美子さんは20年ほど前から、自宅兼店舗で理容店「理容ふみ」を営んでいた。いつも明るく、住民らに親しまれた。店内には愛情を込め育てた観葉植物が並び、常連客を楽しませた。好奇心が旺盛で、彫刻や絵画など趣味が多彩だった。客が来店する直前まで、のみを手に作品作りに熱中した。
 地震発生時、安司さんは夜からの勤務に備えて自宅で休んでいた。富美子さんは自宅そばの家庭菜園で野菜の手入れをしていたとみられている。
 同居していた強さんは南相馬市立総合病院に入院していた。前日午後に手術をしたばかりだった。ベットの上で大きな揺れを感じた。4階の病室から沿岸部を見ると、大きな波が迫ってくるのが見えた。海から自宅までは約400メートル。安司さんと富美子さんの安否が気になったが、手術後間もないため動けなかった。東京電力福島第一原発事故が起きる。病院から避難し、原町区の親戚宅で一週間ほど療養した。体を動かせるようになって自宅に戻ると、土台だけが残っていた。両親の手掛かりを捜して安置所を何度も訪れた。
 安司さんは約3週間後に自宅から北へ200メートルほど離れた地区内で、富美子さんは約2カ月後に浪江町の海沿いで見つかった。
 強さんが現在、避難している原町区の親戚宅には安司さんと富美子さんの遺骨が並ぶ。3人きょうだいの強さんと竜一さん、長女の美雪さん(33)は、両親を失ったことがまだ信じられない。きょうだいそれぞれが気持ちの整理をし、いつか葬儀を行うつもりだ。
 強さんは最近、両親の面影を感じている。「箸の持ち方にうるさかった父の口癖を、1人でふと口にしている時がある。父の真面目さと母がくれた明るさは自分の中に生きている」。毎朝、仏前に線香を上げ、仕事の除染作業現場に向かっている。

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