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(65)はけ口 アルコール 依存からの脱却 病院と断酒会が支え 元妻の大切さに気付く

元妻と娘に連れられて受診した大島クリニック。男性は朝から酔っ払っていた

 大熊町の元原発作業員男性(59)が東京電力福島第一原発事故に伴う避難生活で酒浸りになり半年以上が過ぎた。平成23年10月5日、酒癖の悪さで愛想を尽かされた元妻(63)と長女(35)、次女(34)に連れられて郡山市の大島クリニックのドアを開けた。
 初診日も朝から酔っぱらっていた。飲酒すると激しい不快反応が出る抗酒薬を診察後すぐに飲まされた。診断結果は酔いがさめてから、妻と娘に聞かされた。アルコール依存症―。
 クリニックに週3回通い、断酒のためのプログラムを受講した。依存症患者とその家族から直接話を聞き、断酒に成功した例と失敗した例を学んだ。
 県南地方の断酒会には週2回、顔を出した。家族と参加するのが効果的といわれている。断酒会に通い始めた当初、別れた妻と連れ立って訪れていた。

 断酒が定着してきた平成25年夏ごろだった。断酒会に出席した後の帰り道。県南地方の借り上げ住宅に戻る車の中で、男性は仏頂面でだんまりを決め込んだ。30年連れ添った助手席の元妻も、男性の不機嫌さを見て取り、窓の外を見ていた。
 断酒会での元妻の発言が気に入らなかった。元妻は、酔っぱらって前後不覚になっていたころの男性の醜態をせきを切ったように語りだした。
 飲んでいたとき、お父さんはばかだったんです―。
 確かにそうだ。そう言われても仕方がない。酔っぱらって物に当たり散らしたことや「鬼のような形相をしていた」ことなどを事細かく発表された。「昔のことを今さら責められても...。もうやめてくれよ」。元妻はむくれて「もう、断酒会には行かない」と言ったきりになった。
 元妻の鬱憤(うっぷん)は、男性の想像を超えていた。断酒会は、はけ口だった。だが、男性にしてみれば、記憶から抜け落ちている過去を赤裸々に語られるのは聞くに堪えなかった。
 事実を受け止め、自省することが断酒には必要だといわれる。でも、断酒会に通い始めた当初は、飲んだくれていたころの自分を受け入れられなかった。

 「俺は根暗なんだ」。元来、他人に自分の考えを話すのが好きではない。
 北海道出身。15歳で上京し、原発の建設関係の仕事に就いた。18歳で大熊町に移り住んだときから、地元の人たちを使う立場にあった。福島第一原発3号機の建設にも携わった。図面を読んで、工程表通りに作業が進むよう部下に指示すれば事足りた。
 「そんなおれがアルコール依存の体験を発表すること自体が苦痛なんだよ、本当は」。ただ、断酒会で仲間の話に学ぶことは多い。死にたいと思っていること、友人が亡くなったこと、断酒を続ける上での悩みなどをさらけ出していた。自分1人だけが苦しいわけではないと思い知る。だから今も断酒会に通っている。
 自分を見詰め直して気付いた。酒を飲んでしまおうかと魔が差すのは、決まって元妻と口論になった後だった。今度こそ元妻に完全に見捨てられるのではないかと気が気でなかった。
 そもそも原発事故による避難さえなければアルコール依存症になることも、妻と離婚することもなかった。言いようのない孤独感にさいなまれると夜が長く、酒に手を出したくもなった。
 再飲酒の誘惑に駆られる原因の多くは元妻とのけんか。断酒を続けられているのも元妻の支えがあってこそ。存在がどんどん大きくなっていた。
 「おれにはもう、あの人しかいない」

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