東日本大震災

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近所に慕われた姉 熱心に面倒見たおい

■いわき市田人町 中村節子さん(84)二三雄さん(63)

 節子さんと長男の二三雄(ふみお)さんは誰にでも優しく接した。3年前の4月11日、東日本大震災の余震でいわき市は震度6弱の大きな揺れに襲われた。田人町石住地区は山の斜面が崩れ、大量の土砂が親子を自宅ごとのみ込んだ。節子さんの妹で、同市勿来町に住む金沢ヒデ子さん(79)は、あの日を忘れられない。
 節子さんは昭和2年、田人町に5人きょうだいの次女として生まれた。子どものころ、母親を亡くすと満州(現中国)にいた親戚に引き取られる。ヒデ子さんは父親の伯母の家に預けられ、きょうだいは離れ離れになった。節子さんがヒデ子さんと再会したのは約10年後だった。
 節子さんは9年ほど前に夫に先立たれ、月に1度、ヒデ子さん宅を訪れるのを一番の楽しみにしていた。食事を出すと「おいしいね、おいしいね」と言い、うれしそうに箸を運んだ。
 二三雄さんは歌が好きで、友人とよくカラオケを楽しんだ。自宅では体が不自由な節子さんをいたわり、熱心に食事の用意などをしていた。
 土砂崩れが起きる直前の4月11日夕方、節子さんと二三雄さんは自宅にいた。ヒデ子さんは、昨年1月に他界した夫の登さん=当時(92)=が運転する車で節子さん宅に行き、コメ15キロを届けた。ヒデ子さんらは「夕方になったし、雨も降ってるから」と勿来町の自宅へ車を走らせた。巨大な余震は帰り道で起きた。
 節子さん宅付近で土砂崩れが起きたのを、親類からの連絡で知ったヒデ子さんは、付近一帯を押し流すほどの土砂の激しさに言葉を失った。節子さんらが住んでいた場所からは写真や遺品など何1つ見つからなかった。
 節子さんと二三雄さんの葬儀は3日後の4月14日にヒデ子さん宅で営まれた。ヒデ子さんは2人の位牌(いはい)を前に毎日、経を上げている。彼岸や盆には2人が眠る田人町の墓地へ向かう。いつ行っても墓はきれいだ。「近所の人たちが『せっちゃん(節子さん)はいい人だったから』と草むしりなどをしてくれている」
 節子さんと二三雄さんの家があった場所は、すっかり整地された。ヒデ子さんは「ここに本当に家があったんだろうか」とも思う。余震が起きるわずか40分前まで会っていた2人の姿が浮かぶ。今年の命日も家族と墓地で花をたむける。

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