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(68)絶望 追い込まれた命 出荷自粛ファクス1枚 自慢のキャベツ全て廃棄

久志さんの携帯電話の待ち受け画面は、自慢のキャベツの写真だった。美津代さんが引き継いで使っている

 「もう、福島の農業は終わりだ。何にも売れなくなるぞ」
 須賀川市の農家樽川久志さん=当時(64)=は平成23年3月12日、東京電力福島第一原発1号機で起きた水素爆発のテレビ映像を見るなり、そう言った。後に将来を悲観し自殺した。後継ぎで次男の和也さん(38)には「お前を間違えた道に進ませちまったな」とわびた。
 福島第一原発から須賀川市までは直線距離で約65キロ。和也さんは「まさか、ここまでは影響ないだろう」と思った。しかし、放射性物質は風に乗って県内外に拡散した。
 県は3月21日、国の指示を受け、県内のホウレンソウやカキナなどの生産者に出荷自粛を要請した。
 「ほら、俺の言ってた通りになったべ」
 そう言うと、久志さんは唇をかんだ。まずい予感が的中した。今回、キャベツは含まれていないが、いずれ出荷停止になるだろう。今後の生活が見通せない。そんな不安を隠すような表情だった。
 出荷自粛の対象品目が拡大していくにつれ、冗談を言って家族を笑わすことが好きだった久志さんの口数が減った。朝起きては吐き気を訴えた。
 23日夕、自宅に1枚のファクスが届いた。久志さんは身じろぎ一つせず、立ち尽くしていた。キャベツなどの結球野菜の出荷停止に関する文書だった。
 「今年は出来がいい」。出荷直前だった7500個のキャベツがファクス1枚で、ただのごみになった。出荷できない悔しさ、放射性物質で大地を汚された怒りもあった。夕飯時にはすっかり、ふさぎ込んでしまった。「キャベツを作り続けていけるのかと思い悩んでいたに違いない」と和也さんは思う。
 その日、久志さんは珍しく自分で茶わんを洗った。寝床で何を思ったのだろうか。翌朝、自ら命を絶った。
 妻の美津代さん(64)は久志さんの変化に気付いていた。「もう少し注意していればよかったんだ」「病院に連れて行ってあげればね...」。今も後悔が先に立つ。久志さんが亡くなる前に吐き気を催したのは、急性うつの症状だったと考えている。
 久志さんの携帯電話が残された。待ち受け画面は、自慢のキャベツの写真だった。美津代さんがそのまま引き継いで使っている。農作業がうまくいかなかったりすると、ついついキャベツの写真を見てしまう。決まって「父ちゃんのようにはうまくいかないね」とつぶやいて携帯を閉じる。「父ちゃん、自殺しないで一緒に闘ってほしかった」
 久志さんは学校給食への食材の提供を誇りに思っていた。「1回も農薬を使わない。子どもたちには最高のキャベツだ」。しかし原発事故が、その生きがいを根こそぎ奪った。
 久志さんは、家族に何も告げずに自ら帰らぬ人になった。だが、和也さんも美津代さんも自殺と原発事故の因果関係は明白だと思った。「農業が続けられる見通しさえあれば、死を選ぶことはなかっただろう」
 「せめて、おやじの仏壇に線香を上げてほしいだけなんだ」。23年秋、東電に賠償を請求した。

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