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うそ嫌いな夫 果たせぬ約束 「金婚式まで長生きしようね」

■いわき市平薄磯 志賀恒男さん(69)

 志賀恒男さんは自宅にいたところ、東日本大震災の津波に流されたとみられている。妻の孟子(たけこ)さん(71)は夜になると恒男さんを思い出す。涙が止まらないときもある。「あの時、一緒に出掛けていれば」。身を切るような後悔が襲う。
 恒男さんはいわき市平薄磯地区で生まれ育ち、父からかまぼこ屋「カネジュウ志賀重男商店」を引き継いだ。昭和40年に孟子さんと結婚。午前1時から午後8時ごろまで、2人で休みなく働いた。恒男さんは52年に店を畳み、内装工事やショッピングセンターのボイラー管理などの仕事に携わった。給料日になると、孟子さんに「までい(大切に)に使ってくれよ」と封を切らずに給料袋を手渡した。3人の孫をかわいがり、「勉強を頑張るんだぞ」と声を掛けていた。孟子さんは「曲がったことやうそが大嫌い。真面目な性格だった」と振り返る。
 震災が起きた3月11日、恒男さんと孟子さんは一緒に同市小名浜のショッピングセンターに出掛ける予定だった。恒男さんは、身支度を終えた孟子さんに「1人で行ってきてくれ。何だか気分が乗らない。この家を守ってるからな」と声を掛け、手を振って見送った。
 孟子さんは買い物途中、大きな揺れに襲われた。自宅にいた恒男さんと会社員の次男が心配になり、自宅へ車を走らせた。道が混雑していたため、途中で車を止めた。歩いて自宅に向かっていた時、警察官に「津波が来る」と止められた。波が膝の高さまで押し寄せた。下校途中だった豊間小の児童や住民と一緒に、高台へ避難した。次々と家をのみ込む濁流を前に、2人の無事を祈った。
 避難場所に指定されていた豊間小にたどり着く。次男と再会した。手から血を流し、全身がぬれて震えていた。次男は会社に出勤しようと自宅を出て間もなく、車ごと津波にのまれた。肩の骨を骨折していた。孟子さんが恒男さんの安否が分からないと伝えると、次男は知人から自転車を借り、沿岸部を探し回った。
 震災から9日後、恒男さんが見つかる。自宅から約150メートル離れた場所だった。眠るように穏やかな表情だった。腕には買ったばかりの時計を着けていた。形見になった。「金婚式まで長生きしようね、と話していた。悲しみは、何年たっても消えない」。動き続ける腕時計を手に、そっと目頭を押さえた。

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