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(80)歯止め 支援の現場から 突如あふれ出す不安 「心の復興はまだ遠い」

南相馬市の事務所で浪江町から避難をする根岸さんと世間話をする伏見さん。何げない会話が心のケアにもなる

 南相馬市の相馬広域こころのケアセンターなごみの南相馬事務所。浪江町から同市原町区に避難している主婦根岸淑子さん(70)が顔を見せた。「お元気でしたか」。スタッフで保健師の伏見香代さん(43)=南相馬市=が笑顔で出迎える。
 根岸さんは南相馬市や相馬市などに避難している浪江町民でつくる「なみえ相双会自治会」の会長で、市内で定期的に浪江町民のサロンを開いている。伏見さんらセンターのスタッフは月に1回、サロンの会場を訪れ、被災者らの悩みの相談に応じている。
 伏見さんはセンターのスタッフとして避難者の会話に交ざり、気持ちが落ち込み過ぎないように自然と前向きな話題へと促す。不安が大きくて個別対応が必要な人はいないかどうかも見極める。「相談といっても身の回りで起きたことなどの世間話が多い。何げない会話が心のケアにつながる」

 伏見さんは震災発生当時、南相馬市の自宅から浪江町に通勤して保健師として町職員をしていた。原発事故が起き、町民と一緒に避難した。家族と再会できたのは10日後。その後も数カ月は福島市で避難生活を送った。
 町は原発事故の避難区域になり、町役場が二本松市に移された。子どもがいる南相馬市の自宅から通うのが難しくなり、平成24年4月に町を退職した。避難生活も経験し、自分自身、心身ともに疲れ切っていたことも理由にあった。それでも町が危機的な状態に陥っている時に職員を辞めることに迷いが強かった。センターのスタッフにと誘われ、「被災者のために少しでも役に立ちたい」と再就職を決断した。

 津波の被害、原発事故に伴う避難、先の見えない帰還、家族の別居...。被災者が抱える問題は1人1人で異なり、複雑だ。避難生活で孤立を深め、絶望のふちに立つ被災者も多い。
 今年1月、伏見さんは浪江町職員時代から知り合いの町内の60代の女性に市内の集会所で再会した。ずっと県外に避難していて、浜通りに戻ってきた。互いに笑顔で世間話をしているうち、町での思い出話になった。「あのころはよかったね」と言葉を口にした瞬間、女性の表情が一変した。「県内に戻ってこられても、誰も知らない土地で、どう暮らしていけばいいのか...」。突然、女性の目から涙がぽろぽろと流れ出た。
 被災者には気持ちにふたをして日常を暮らしている人が多い。1度、そのふたを開けば、思いがとめどなくあふれる。ふたを開くタイミングは難しく、伏見さんは正面から被災者に向き合う覚悟が必要と感じている。「原発事故から3年がたったが、被災者の心の復興はまだまだ遠い」

カテゴリー:原発事故関連死

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