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今を生きる 85歳 最前線貫く 「高齢でも力に」村診療所勤務

「住民と心を通わせたい」と話す佐藤さん

■東京から鮫川に移住 医師 佐藤蕃さん

 生涯現役が私の信念です-。東白川郡医師会に今月、85歳の医師、佐藤蕃(しげる)さんが入会した。東京都から鮫川村に移り住み、4月1日から週3日、村国民健康保険診療所に勤務している。離島の診療や都会の夜間往診に豊かな経験を持つ。県医師会によると、平成23年2月末で会員数は2650人だったが、今年5月末では2543人まで減った。医師不足が続く県内に身を投じ、地域医療の最前線を走り続ける。

 内科専門で勤務医一筋だ。東京医科大を卒業してから、総合病院や診療所などに勤務した。前職は都内で人間ドックや健診を専門としたクリニックの所長。今年1月にクリニックが閉所した。医療現場にこだわり、また新たなステージを求めた。
 「高齢の私でも何か力になれるはずだ」。東日本大震災で甚大な被害を受けた福島、宮城、岩手の被災3県の深刻な医師不足が頭に浮かんだ。自らそれぞれの県庁に電話をかけ情報を集めた。鮫川村が平成26年4月から、村内に常駐できる医師を探していた。原子力災害が重なり、過疎や高齢化が進む村に目が留まった。
 昭和40年、都内から南に約300キロ離れた八丈島に渡り、島の診療所で1年2カ月を過ごした。42年から50年までは昼間の病院勤務の傍ら、港区西麻布の自宅で夜間診療を受け付けた。村でやり遂げられる自信があった。「住民の目線に立ち、患者と心を通わせたい」と志す医療を口にする。
 佐藤さんは10日、村に来てから初めて、お年寄りをみとった。老衰だった。7日の往診で「何かあれば、24時間、いつでも電話をください」と家族に携帯電話のメモを渡して帰った。車を出してくれる妻にも状況を伝え、症状の急変に備えていた。親族の男性(66)は「細やかな配慮が何よりうれしかった」と話した。大楽勝弘村長は「駐在の医師がいるだけで安心感がある」と感謝する。
 村との契約は来年度までの2年間。佐藤さんは村に住民票を移した。「やる以上は腰を据える」と体力の続く限り期間の更新を考えている。現在は別の男性医師と交代制で月、火、土曜日を担当する。多い時では1日20人ほどを診る。「逆に、皆さんから元気をもらってるくらいです」。現役を貫く「鉄人」の表情が自然と和らいだ。

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