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川俣・山木屋再編から1年 自慢の納豆もう1度 年内にも製造再開

器具を見回り、事業再開を心待ちにしている神野さん

■カミノ製作所
 東京電力福島第一原発事故に伴い川俣町山木屋地区から福島市に移転した自動車部品製造・食品加工のカミノ製作所は、原発事故で休業している納豆製造を年内にも山木屋地区の避難指示解除準備区域にある元の事業所で再開する。山木屋地区の避難区域が再編されて8日で1年がたつ。社長の神野三和子さん(60)は「事業活動を通して山木屋の復興につなげたい」と意気込む。

神野社長「復興につなげる」

 神野さんは5日、操業開始の準備のため、川俣町山木屋地区にある元の加工場を訪れた。原発事故発生後、3年以上使っていない圧力釜や熟成室は手入れが行き届き、納豆を作る準備は整っていた。
 「安全対策をしっかりすれば風評被害は起きないはず」。避難区域で食品加工を再開したケースはないと聞いている。消費者の反応は未知数だが、品質が良ければ受け入れられるとの自信がある。広さ15平方メートルのクリーンルームを新設し、室内で納豆を作る。入室前にエアシャワーを浴び、放射性物質を完全に内部に入り込ませない仕組みだ。
 平成16年から納豆作りを始めた。化学肥料を使わない北海道産大豆にこだわり、甘みの強い「贅沢(ぜいたく)美人」や「こだわり一豆(いっとう)賞」の2銘柄を生産してきた。鮮度の良さを保つために受注した分だけ製造し、県内外に販路を広げた。原発事故で23年4月に中止した。福島市永井川に自動車部品製造部門を移転したが、納豆製造は見送ってきた。製造機械を移す多額の費用、大豆を発酵させる際に出る臭いが問題にならない作業場の確保などが妨げになった。
 「また、食べたい。作ってください」。休業後、神野さんが経営し、同社の商品を販売していた同市渡利の「こだわりや本舗」に多くの顧客から復活を望む声が寄せられた。
 「いつか山木屋で納豆を作ろう」。消費者の期待に応えようと、神野さんや社員は機械の保守・点検を怠らなかった。加工場のある社屋が計画的避難区域から避難指示解除準備区域に再編されるのを待った。避難指示解除準備区域になれば事業を再開できるからだ。
 昨年8月の避難区域再編後、神野さんは事業再開を見据えて新商品の開発を始めた。抗菌作用のあるジピコリン酸を豊富に含む納豆を売り出す。同社を支援している倉敷芸術科学大(岡山県倉敷市)の須見洋行教授(食品機能学)が特許を持つ製法を活用する。
 製造するのはかつての人気商品「こだわり一豆賞」と新商品。従業員3人で1カ月間に2千食分の加工を目指す。避難前は1カ月で4万食分を製造していた。売れ行き次第で生産量を増やす。知人を通じ、関東圏でも販路を広げる。
 神野さんは「復興を待つ山木屋で一歩を踏み出すのが大事。早くお客さんに納豆を届けたい」と製造再開を心待ちにしている。
 山木屋地区ではガソリンスタンドなど2事業所が再開している。他にも農機具販売店や電気設備業者など複数の事業所が再開する意向を示し、建物や機械の修繕費用を支援する補助金制度について町などと情報を交換している。

【2事業所操業 山木屋地区】

 山木屋地区では避難前に約70事業所が操業していた。計画的避難区域から居住制限と避難指示解除準備の両区域に再編され、ほとんどの事業所で操業できるようになった。
 しかし町関係者は、山木屋地区周辺の浪江町津島地区や飯舘村などの避難区域が復興し住民が戻らなければ、多くの事業所の再開は難しいとみている。津島地区などを商圏にしていたためで、販路の確保が課題だ。
 帰還困難区域の津島地区では除染計画が具体化されず、復興するまで長期間かかるとみられている。このため山木屋地区の業者は周辺地域の再生も求めている。

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