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自分より家族心配「おとこ気」ある夫

■国見町西大枝 松浦重夫さん(54)

 粉セメントをタンク車で運搬していた重夫さんは相馬市で震災の津波に流された。9日後に相馬埠頭(ふとう)のがれきの中から遺体となって発見された。妻のひとみさん(56)は3年半が経過した今でも、「ふらりと帰ってくるような気がする」と語る。2人の部屋は当時のままだ。
 震災直後、携帯電話がつながりにくい中で、長男の大己(だいき)さん(19)からの電話だけが重夫さんに通じた。「水をためて、食料を買い込んでおけ」「(自宅の)石蔵が崩れるかもしれないから注意して」。自分のことより家族をしきりに心配していた。「今日は帰りが遅くなるから」。それが最後の言葉となった。タンク車の中でペンケースと一緒に見つかった防水機能付き携帯電話には、震災発生から41分後の3月11日午後3時27分の着信履歴が残っていた。
 長女の有香里さん(26)は、重夫さんとひとみさんに「春分の日」を利用した山形・小野川温泉への小旅行をプレゼントしていた。「大丈夫。必ず帰ってくるから」。予約をキャンセルせず待ったが、願いは届かなかった。
 重夫さんは国見町で生まれ育った。知人の紹介で美容師のひとみさんと結婚し、有香里さん、次女の宏美さん(25)、大己さんの3人の子どもに恵まれた。国見町から片道一時間かけて相馬市の運送会社へ通勤した。家族を養うため懸命に働いた。
 自宅近くに美容室を開店する話が持ち上がった際、ひとみさんは「借金をするのはやっぱり嫌」とためらった。重夫さんは「俺が寝ないで働くから好きなことをやれ」と背中を押してくれた。「昔かたぎで、おとこ気のある人でした」とひとみさんは目を潤ませる。
 今年2月、同居していた重夫さんの母シマさんが87歳で亡くなった。息子を震災で失ったことを最後まで悔やんでいたという。2人の娘は独立した。ひとみさんは、高校を卒業し、仙台市の自動車整備大学校に通う大己さんと2人で暮らしている。月命日は必ず、重夫さんがかわいがっていた飼い犬のチロを連れて重夫さんらの墓前で手を合わせる。
 美容室の仕事に没頭している時だけ、悲しみが脳裏から離れる。しかし、店を訪れた近所の人から「頑張り過ぎないでね」と温かい言葉を掛けられると涙があふれてくる。「皆さんに支えられた3年半だったから」
 「会社を定年退職したら黒部ダムの紅葉を見に行きたいなあ」。重夫さんは震災の3年ほど前から口にしていた。遺影を手に、黒部の峡谷を訪ねる。今すぐは無理でも、いつの日か、きっと子どもたちと一緒に...。

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