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笑顔周囲明るく 新居の周り花で飾る

■双葉町中浜 吉田紀美恵さん(42)

 紀美恵さんは料理がうまく、笑顔が絶えなかった。震災の津波で帰らぬ人となった。夫で会社員の正志さん(51)は避難先のいわき市のマンションに飾る遺影を見詰める。悲しみは3年半が過ぎようとしても変わらない。
 「お帰り」。紀美恵さんは、正志さんが仕事から帰宅すると必ず笑顔で迎えた。平成11年6月に初めて会った時、正志さんは紀美恵さんの自然な笑顔に引かれ、すぐに交際を申し込んだ。紀美恵さんは何度か断ったが、正志さんは諦めなかった。数カ月後に付き合い始め、年末に正志さんからプロポーズを受けた。
 12年5月に結婚式を挙げた。指輪の交換の時、正志さんの指にうまく指輪が入らなかった。紀美恵さんは困りながら、思わず笑いだした。つられて式場内からも笑い声が出た。紀美恵さんはいつも周囲を明るくした。
 紀美恵さんは家事を完璧にこなした。毎日、正志さんに手料理を振る舞った。正志さんはみそ汁の味が忘れられない。15年6月に双葉町の正志さんの実家敷地内に新居を建てる。紀美恵さんは家の周りを花のプランターで飾った。子ども好きで、親戚の子どもをよくかわいがった。「赤ちゃんが欲しい」。夫婦の大きな願いだった。旅行が2人の趣味だった。年1回は県内外の観光地に出掛けた。
 震災発生時、紀美恵さんは浪江町にある自分の実家にいた。「みんなが心配だから」とすぐに車を運転して双葉町に向かい、そのまま消息を絶った。4月17日、自宅から500メートルほど離れた場所で見つかった。
 正志さんは県警から連絡を受け、相馬市の遺体安置所で変わり果てた姿の紀美恵さんと再会した。どこかで生きていてほしいという希望が打ち砕かれた悲しみと、遺体が見つかった安堵(あんど)の気持ち。涙がこぼれるばかりだった。
 正志さんのプロポーズの言葉は「必ず幸せにするから」。たくさん旅行に連れていきたかった。子どものいるにぎやかな家庭を持たせたかった。もっと、もっと、大好きな笑顔を見ていたかった...。「約束、破ってごめんな」。今夏、紀美恵さんの実家のある浪江町内に新しい墓が建てられた。自宅近くにあった双葉町内の墓は津波で流されていた。今夏、4回目のお盆に合わせ、納骨した。
 正志さんは現在、町消防団の分団長を務める。依然、家族が行方不明の分団員もいる。つらさは痛いほど分かる。何としても見つけてあげたい。捜索には欠かさず参加してきた。最後の1人まで探し続けるつもりだ。

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