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今を生きる 古里思い再びレースへ 走る姿で村民に力を ふくしま駅伝 希望ふくしまで出場

「自分の走りで村民を元気づけたい」と話す柳沼さん=10日午後7時ごろ、田村市陸上競技場

■田村高、法政大卒田村市在住 葛尾村職員 柳沼晃太さん29

 葛尾村職員の柳沼晃太さん(29)=田村市出身・在住、田村高、法政大卒=は、16日に開かれる第26回市町村対抗県縦断駅伝競走大会(ふくしま駅伝)に、7町村合同チーム「希望ふくしま」の一員として出場する。大学時代は箱根駅伝に2度出場。卒業後は東京電力の陸上部に一時、在籍した。福島第一原発事故に見舞われた古里の復興に貢献しようと、今春から村役場に勤める。「自分の走りで村民を元気づけたい」。7年ぶりのレースに挑む。

 10日午後6時半、仕事を終えた柳沼さんが田村市陸上競技場に姿を見せた。届いたばかりの「希望ふくしま」のジャージーを着て、照明がともされたトラックを黙々と走り続けた。「こんなに練習しているのはいつ以来かな」
 柳沼さんは田村高で陸上を本格的に始め、2年生から全国高校駅伝に連続出場した。大学駅伝の名門・法政大に進むと、2年生で起用された平成18年の箱根駅伝では7区で区間賞に輝き、復路優勝に貢献した。翌年も箱根路を走り、4年生では主将を任された。
 大学での活躍を認められ、20年に東電の子会社「東電工業」に入社し、東電陸上部に所属した。翌年1月の全日本実業団対抗駅伝に出場するなどした。しかし、社会人ランナーとして歩み始めた矢先に座骨神経痛を発症し、競技生活に別れを告げた。陸上部を退部後も会社に残り、経理を担当した。サラリーマン生活にも慣れたころ、原発事故が起きた。絶え間なく報じられる古里の惨状に心が痛んだ。本県勤務を願い出ても聞き入れてもらえなかった。
 「3・11」から1年が過ぎたころ、東京では福島への関心が次第に薄れていくのを肌で感じ始めた。両親らが暮らす古里を気に掛ける自分と、風化の進む周囲のギャップに折り合いがつかない。「何でここにいるのか」。自問自答の末に24年9月に辞表を出した。
 実家に戻った柳沼さんは復興支援員として船引町商工会に1年勤めた後、葛尾村の職員採用試験を受験し、合格した。今年4月から三春町の村役場出張所で総務課の机に向かっている。
 職員となり半年が過ぎた9月、村の担当者から「希望ふくしま」に誘われた。「村出身でもない自分を迎え入れてくれた村の皆さんを励ましたい」。二つ返事で引き受け、「古巣」の田村市チームの練習に混ざって走り込みを続けた。
 ふくしま駅伝は、柳沼さんにとって「相性の良い大会」だ。旧船引町と田村市で通算7回出場し、区間賞を4回獲得した。最後に走った第19回(19年)はアンカーの16区で区間新記録を出した。
 「希望ふくしま」は葛尾、檜枝岐、湯川、三島、金山、昭和、川内の7町村で構成する。葛尾からただ一人、参加する柳沼さんは6区(8・3キロ)を走る。10キロの持ちタイムは34分44秒。29分30秒で走った全盛期には遠く及ばない。「挫折を経験した自分がもう一度、懸命に走る姿を見せることで少しでも前に向かう力を伝えたい」。復興への願いを走りに込める。

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