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今を生きる 灘中・高教諭辞め福島移住 学習指導で恩返し 復興人材育成へ

高校生に効率的なノートの取り方を指導する前川さん=福島市・学法福島高

■阪神大震災を体験 前川直哉さん 37

 教育を通じ福島の復興に尽くす-。神戸市の進学校「灘中・高」教諭を辞め、福島市に移り住んだ前川直哉さん(37)は、学習支援組織をつくり高校生に受験勉強などを教えている。高校3年で阪神大震災を体験。全国各地からの支援が心に染みた。あの時の恩返しがしたい。「地域をよみがえさせるには、人材育成が何より必要だ」との強い信念を胸に県内の教壇に立つ。

 前川さんは東京大経済学研究科の特任研究員を務めている。22日、東大生6人と福島市の学法福島高を訪れ、生徒とともに同校の化学の模擬授業を受けた。終了後、前川さんは東大生と高校生のノートを比べた上で、効率的なメモの取り方や授業の受け方を教えた。
 教壇から「皆さんは可能性を持っている。自分の夢に向かって進んでほしい」と呼び掛けた。
 前川さんは4月、福島市の住職や被災した企業の社長らとともに学習支援組織「ふくしま学びのネットワーク」を設立した。事務局長を務め、県内の高校から要請を受けるなどして学習を指導している。これまで福島、相馬、会津、安積黎明高など延べ20校を訪問した。
 ネットワーク事務局長と東大特任研究員の報酬などで生活しているが、収入は教員時代の5分の1になった。生活費の不足分は学習教材製作のアルバイトで補い、貯金を切り崩すこともある。
 前川さんが「灘中・高」教諭のときから交流のある福島高教諭の松村茂郎さん(53)は「(前川さんの)福島への思いや行動は、県内の教育者の大きな刺激になっている」と語る。
 前川さんは平成7年1月、兵庫県尼崎市の自宅で阪神大震災に遭った。灘高3年で大学入試センター試験を終え、東大受験を控えていた。生まれ育った街の惨状にぼうぜんとなり、受験を諦めかけた。
 恩師のひと言で前を向いた。「形あるものはいつかは壊れるが、人が学んだことは壊れない。君たちが学ぶことは神戸の復興につながる」。この言葉を胸に東大合格を果たした。卒業後、教育関連企業勤務や京大大学院生を経て、母校「灘中・高」の教諭となった。
 平成23年3月11日の東日本大震災。心の中に眠っていた阪神大震災の記憶がよみがえった。全国から多くの支援が兵庫県に寄せられた。地元の神戸新聞の「私たちは孤立していない」のコラムに勇気づけられた。
 「あなたは決して1人ではないと、福島の人に伝えたい」。灘高の生徒と相馬市や新地町で10回以上、がれき撤去などのボランティア活動に汗を流した。縁もゆかりもなかった福島だったが、多くの仲間ができた。神戸での教師生活に不満はないが、福島の復興に今後の人生の全てを懸ける決意を固めた。
 自分は病気やけがを治す医者ではない。原発事故の収束に関わる科学者や技術者でもない。しかし、1人の教育者として若者に伝えることができる。「世界に羽ばたき、より良い福島を築け」

■高校で進路相談も
 ふくしま学びのネットワークは、県内の高校生による地域おこしや社会活動も積極的に支援している。
 東大本郷キャンパスで29日、「福島の高校生が、日本を元気にする」をテーマに公開講座を開く。会津農林高(会津坂下町)の生徒が早乙女踊り保存事業、遠野高(いわき市)の生徒が復興支援ボランティア活動などの取り組みを発表する。
 「ふくしま学びのネットワーク」は県内の高校で、学習法の指導や進路相談などを行っている。問い合わせはメールアドレスinfo@fks-manabi.netか、ホームページhttp://www.fks-manabi.net/へ。

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