東日本大震災アーカイブ

「墓前に良い報告」 教習所津波訴訟で本県遺族ら

判決後の会見で現在の心境を語る寺島さん(前列右から2人目)。前列左は弁護団長の菊地弁護士

 東日本大震災の津波で最愛の子を失った遺族の訴えが、司法の場に届いた。仙台地裁で13日、判決が言い渡された常磐山元自動車学校津波訴訟は、速やかに教習生を避難させなかった学校側の責任を認めた。「墓前に良い報告ができる」。決して晴れることのない悲しみと悔しさを抱える遺族に光が差した。
 判決の言い渡しは午前10時半に始まった。高宮健二裁判長が読み上げる判決を、遺族は目を閉じ、あるいは宙を見詰めて聞いた。わが子はもう戻って来ない。しかし、力を合わせて裁判を闘ってきたことは無駄ではなかった。遺族は勝訴を静かに受け止めた。
 遺族は弁護団長の菊地修弁護士らと仙台地裁近くの仙台弁護士会館で記者会見した。代表を務める新地町の寺島浩文さん(52)は、長男の佳祐さん=当時(19)=を失った。震災から3年10カ月、提訴から3年3カ月...。子どもを亡くした親同士で手を取り合い、判決の日を迎えた。
 「教習所はなぜ教習生をすぐに避難させなかったのか...」。訴訟を通して本当に知りたかったことは結局、分からなかった。学校側からの謝罪も最後までなかった。無念さは残るが、寺島さんは「親が一生懸命頑張ったことを、子どもたちは喜んでくれるはず」と前を向いた。
 送迎バスで津波に巻き込まれ亡くなった新地町の小野由夏さん=当時(18)=の父裕康さん(51)は、遺影を抱いて会見に臨んだ。「判決が出たよ」。語り掛けても返事はない。満面の笑みを浮かべる高校時代の娘の写真を見詰めた。「時間はあの時から止まったままだ」
 今回の判決は、企業や、人が集まる施設の管理者に対し災害への危機管理の向上を求める内容でもある。寺島さんは「子どもの犠牲が教訓として語り継がれ、今後の防災に生かされれば」と望んだ。