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福島をつくる(13) 第1部 企業の覚悟 ワインデング福島(南相馬)

クレーンなどの動力となる中・大型のモーター

<復興支える手仕事>
 海へ続く田園風景が懐かしい古里に重なる。九十九里平野に位置する千葉県東金(とうがね)市。産業用モーター部品製造「ワインデング福島」は東京電力福島第一原発事故で避難区域となった南相馬市小高区から移転した。自社から約230キロ離れた土地でものづくりの魂を守り、4度目の新年を迎えた。
 4月に南相馬市原町区の新工場が稼働し、4年ぶりに拠点を県内に戻す。「ただの再開ではない。新たな出発だ」。工場長を務める清信(きよのぶ)正幸(43)の決意は固い。

 現在の作業場は産業用モーター部品・機械製造「協和工業」(本社・船橋市)の東金事務所にある倉庫の一角を借りている。業界大手の日立産機システムと取引する関係で協力を受けた。社員は12人。大小のクレーンや高性能のプレス機械を動かすモーターの心臓部を作る。メーカーが独自に設計した特注品が多く、大半を日立産機システムに納める。狭い作業環境にも清信は胸を張る。「うちは手仕事だから、職人の技が財産。場所さえあれば製品を作れる」
 熟練の技が求められる。モーターの心臓部は鉄製の部品と銅線からなる。手巻きで銅線の束を作り、1つ1つ部品に取り付けて組み立てる。銅線のわずかな曲がりや傷が製品の耐久性を損なう。
 機械で量産する場合と異なり、手作業なら電気抵抗などを考えた巻き方が可能で、発注元の望む動力に微調整できる。
 「自分たちの技術が古里を復興させている」。モーターは、東日本大震災からの復旧・復興を目指す県内外の現場で、がれきを持ち上げるクレーンなどの動力に使われた。見知らぬ土地で暮らす社員の心の支えになっている。

 昭和62年、社長で父の文昭(71)が創業した。清信は相馬農高卒業と同時に入社し、必死で仕事を覚えた。社員は常時15人前後いたが、平成17年ごろ、熟練者の定年時期が重なり創業以来の危機を迎えた。
 工場長に就いた清信は廃業を覚悟した。一人前になるには5年以上を要する。ただ、新型モーターの受注が増える兆しはあった。清信は腹をくくった。人員を増やし、図面の見方や銅線の巻き方を1つ1つ伝えた。製品の注文が増え、会社は踏みとどまった。
 23年3月。社員は育ち、受注も伸びていた。(文中敬称略)

カテゴリー:福島をつくる-未来への挑戦

小型のモーターの心臓部。銅線を取り付ける作業は熟練の技が求められる。

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