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今を生きる 古里に牧場夢追う 震災後に帰郷、開墾 ソフトクリーム作りで復興

固い決意で酪農に取り組む清水さん

■鮫川の酪農家 清水大翼さん 26

 広い敷地での放牧、太陽の光をたっぷり浴びた草をはむ牛...。鮫川村の酪農家、清水大翼(だいすけ)さん(26)は古里で酪農の夢を追い掛けている。東京電力福島第一原発事故の影響で放牧を自粛しているが、昨年からジャージー牛の搾乳と出荷が始まり、少しずつ軌道に乗り始めた。「ゆっくりと前に進もう」。寄ってくる牛の顔をかじかむ手で優しくなでる。

 村内葉貫地区の山道を抜けると、山中に開けた景色が広がる。積み上げられた木々の先に改修された牛舎がある。生後2歳の雌牛19頭を飼っている。清水さんは18日、今年最初の子牛を抱き上げた。初産を終えたのは8頭になり、しっかり乳を出してくれるようになった。他に7頭が今年、出産を控えている。
 ジャージー牛は一般的にホルスタインよりも乳量は少ないが、脂肪分が多く加工に適している。濃厚な甘みのあるソフトクリームの生産、販売を目標に掲げる。
 修明高鮫川校を卒業し、神奈川県の麻布大で動物の行動学などを学んだ。卒業後、北海道遠軽町の牧場で修業を積む。広々とした大地を牛がゆったりと歩き回る。「これが牛本位の酪農の姿だ」。ストレスの少ない動物の飼育に憧れた。学んだ経験を古里で生かそうと考えた。
 1年目が終わろうとするころ、原発事故が起きた。放射性物質の拡散で県内では食品の安全性が叫ばれた。風評が広がる。不安に駆られた。「やらないで後悔するより、やって後悔しよう」。当初の予定通り2年で鮫川村に帰った。平成24年、古い牛舎のあった約16ヘクタールの荒れ地を地元の農業団体から借り、開墾を始めた。
 原発事故の影響は想像以上に大きかった。餌に割高の輸入牧草を使う。村に敷地の一部を除染してもらったが、放射性物質が雨や風で移動する可能性を考え、まだ放牧に踏み切れない。いつ、放牧できるか分からないが、自分の選んだ道に対する信念は揺るがない。
 清水さんは「同じような境遇でも頑張る人がいる」と話す。村に戻った当初、古殿町でアルバイトをさせてくれた同業者の中瀬信治さん(48)らからの助言が大きな励みになっている。父の国明さん(57)が代表を務めるNPO法人「明日飛(あすび)子ども自立の里」の施設に通う仲間とともに冬場も牛舎の牧場の開墾作業に汗を流す。
 搾乳は朝夕の2回。クリーム色を帯びた搾りたての乳をタンクに注ぐ。1日当たり100リットルほどになり、全て県酪農協を通じて出荷する。「絶対においしいソフトクリームができる」。今は前だけを見詰めている。

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