東日本大震災

「福島をつくる-未来への挑戦」アーカイブ

  • Check

福島をつくる(17) 第1部 企業の覚悟 向山製作所(大玉)

日本橋三越本店の食品フロアで客の家族連れに生キャラメルの試食を勧める織田(左)

<菓子注文取り消し>
 大玉村の電子部品製造業「向山製作所」は年明け早々、東京にある日本橋三越本店で生キャラメルをはじめとした自社商品のスイーツを販売した。全国の有名店が並ぶ地下1階の食品フロアに期間限定で出店した。
 社長の織田金也(50)は自ら客に生キャラメルの試食を勧め、自慢の味を売り込んだ。「おいしい」。家族連れの客は口の中で溶ける感覚を楽しみ、喜んで商品を手にした。
 浮き沈みの激しい電子部品業界から平成21年にスイーツ業界に参入して5年余り。「会社の歩む道は決して間違っていない」。織田は確かな手応えを感じている。

 23年3月11日の東日本大震災で大玉村の社屋兼工場は幸い被害が小さかった。約80人いる社員もけがをしなかった。
 ほっとしたのはつかの間だった。12日昼すぎ、商品を積んだ運送会社のトラックが地震の影響で戻ってきた。積み荷は成田空港の航空会社に送った生キャラメルだった。3月1日から国際線ファーストクラスに乗る客のお茶受け菓子として採用されていた。地震で各地の道路が分断される中、織田は夜通し車を走らせた。商品を成田空港まで運び、何とか納品した。
 織田が翌日午後に会社に戻ると、従業員は調理室で生キャラメルを作っていた。自宅の片付けもままならない中、製造担当の伊東真知子(34)ら3人は毎日の航空会社への納品に間に合わせなければと必死に鍋の中の生クリームをかき混ぜていた。
 スイーツの製造・販売はリーマン・ショックによる世界不況を受け、会社が従業員の雇用を守ろうと乗り出した事業だった。従業員はハンダごてを鍋に持ち替えた。伊東は販売を始めた当初から製造を担う。生キャラメルはわが子も同然だった。「せっかくつかんだ好機を逃すわけにはいかない」。織田や伊東、従業員にとって国際線は販路を世界に広げる「夢の扉」だった。

 官房長官だった枝野幸男は3月19日、本県の牛の原乳から食品衛生法の暫定基準値を超える放射性ヨウ素を検出したと発表した。
 程なく航空会社側から電話が入る。「注文は全てキャンセルする」。織田は「原発事故前に調達した原料を使っている。安全性に何の問題もない」と説明した。結論は変わらなかった。
 「夢の扉」は閉じられた。(文中敬称略)

カテゴリー:福島をつくる-未来への挑戦

「福島をつくる-未来への挑戦」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧