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不認定「納得できぬ」 異議申し立ての遺族 年月たち立証限界 明確な基準、国と県に求める

いわき市の男性は異議を申し立てた書類などを手に無念さを語る

 震災(原発事故)関連死の不認定を受けて異議を申し立てた遺族は「不認定の理由が不明確で納得できない」と不満を募らせる。時間の経過は、死因と東日本大震災、東京電力福島第一原発事故との因果関係の裏付けを困難にさせ、個人で立証するには限界がある。審査を担う市町村は住民の事情を理解しながらも明確な認定基準がないため判断に苦しむ。「地元任せだ」。国や県を批判する声も上がる。

 〈「不認定」に納得いかず、異議申し立てし、「認定」を頂きたく思います〉
 母親=当時(77)=を震災後に亡くした、いわき市の会社員男性(57)は昨年1月に異議申立書を市に提出し1年が過ぎた。自宅で書面を読み返す。やり場のない怒りが込み上げた。「母は天寿を全うしたのだろうか。避難がなければ今も元気だったのでは」
 母親は平成23年2月に自宅で転倒し、同市内の病院に入院した。「脊椎の圧迫骨折」と診断された。3月の手術直後に震災が発生し、院内は極度の混乱に陥った。「動ける人から退院してください」。病院の要請に男性は抗議したが、院内の状況を考えると従わざるを得なかった。
 自宅は地震で半壊状態になった。男性は栃木県の知人宅へ避難しようと母親と家族4人、犬2匹を連れて車を走らせたが、ガソリンが少なくなり途中で引き返した。車内は生活必需品を満載していた。母親は横になることもできなかった。
 母親の体調は回復する兆しがなかった。震災から約1年8カ月後の24年11月、帰らぬ人となった。死因は「腸閉塞(へいそく)」だった。
 男性は24年12月、市へ母親の関連死の申請をした。不認定を受けて提出した異議申し立ての結果は昨年6月に届いた。「棄却」だった。入院当時と死亡時の診断結果が異なり、震災発生から亡くなるまでに時間が経過している、との理由だった。男性は可能な限りの資料を集めたが、個人で因果関係を証明するには限界を感じた。
 男性は不認定の取り消しを求め提訴も考えるが、決心はつかない。「(認定後に受けられる)災害弔慰金に執着している」と周囲に思われたくはない。「ただただ、母に申し訳なくて」。仏前でわびる毎日を過ごしている。

■市町村の担当者 「地元任せ」批判
 いわき市の担当者は「関連死認定の申請と、それに伴う異議申し立ては今後も増える」とみる。その上で「長期に及ぶ避難生活で認定作業は一層、困難になる」との見方を示した。明確な基準が示されない中での判断について南相馬市の担当者は「市町村の枠組みを超えた統一基準が必要ではないか」と訴える。
 国は原発事故に伴う震災関連死の判断基準を明確に示さず、県は市町村の情報共有を促す方針を示しただけ。相双地方の自治体の担当者は「国や県が前面に出て具体的な対応策を示さなければ、被災者の不満が噴出する可能性がある」と「地元任せ」の現状を批判した。

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