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今を生きる 松川神楽 絶やさない 亡き祖父の情熱継ぐ

若手の仲間とともに、伝統芸能の継承を誓う久田さん(中央)

■相馬の保存会若手代表 久田浩之さん 33

 地域の伝統は自分たちが守る―。相馬市の松川浦に面した尾浜地区に伝わる松川神楽の保存会若手代表、久田浩之さん(33)=亀屋旅館=は、7人にまで減った会員を増やそうと奔走している。祖父たちが復活させた松川神楽を自分たちの代で途絶えさせられないとの思いからだ。祖父が東日本大震災の影響で他界してから4年が過ぎた。祖父の情熱を継ぎ、前へ歩み出した。

 尾浜地区の松川会館に、笛や太鼓の音が響く。獅子が勇壮に舞い、厳かな空気に包まれる。21~33歳の若手5人は、70代のベテラン会員2人から笛や太鼓の演奏方法、獅子の舞い方など手ほどきを受ける。
 笛や太鼓、獅子頭などには10人程度が必要となる。現在は笛を3人から1人に減らすことで体裁を整えている。会員を集めるため、募集のチラシを作った。19日には地元の夕顔観音の春の祭典で奉納し、来場者に参加を呼び掛ける。
 「今、動きださないと祖父が再興した地域の伝統文化が途絶えてしまう」。久田さんは、幼少のころに、祖父の司(ひとし)さんに連れられて参加した練習を思い浮かべた。約30人が集い、活気があふれていた。昭和40年から57年まで、担い手不足で神楽は中断した。復活させたのは、当時の区長や司さんらだった。
 震災時、太鼓や獅子頭などは松川会館の2階にあり、奇跡的に津波の難を逃れた。ただ、司さんは津波からの避難などが影響し、帰らぬ人となった。あれから4年。漁業の町には活気が戻りつつある。松川浦漁港では、主要施設である原釜地区荷さばき施設などが9月末に完成する予定だ。「前に進む時だ。大漁の祈願に神楽は欠かせない」。久田さんたちの思いだ。
 松川神楽は旧相馬藩領に伝わる県指定重要無形民俗文化財「相馬宇多郷の神楽」の一つ。市内の原釜・尾浜・松川郷土史研究会の史料によると、起源は江戸時代中期の享保年間(1716~36年)とみられる。神社の祭礼や地域の祝い事、厄払い、大漁祈願などの際に演じられてきた。夕食後、住民が練習に集い、地域の絆を強める一助にもなってきた。
 松川浦周辺では、ふくしまデスティネーションキャンペーン(DC)に合わせ、旅館・飲食店などが「復興チャレンジグルメ」を企画し、県内外からの観光客が海の幸を味わっている。亀屋旅館も参加しており、久田さんは産業と伝統芸能の両面で松川浦の再生を目指す。「伝統を残しながらも、若者の感性を織り交ぜた新たな文化を築く」と力を込めた。

■保存会員を募集
 松川神楽保存会は18~35歳の会員を募集している。男女は問わない。19日の春の祭典前に、松川会館で13、15、17の3日間、練習する。時間は午後6時から1時間。問い合わせは久田さん(亀屋旅館) 電話0244(38)8153へ。

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