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県外の若者 医療支える

南相馬市立総合病院で研修に励む山本さん

 県外からの若い力が、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で被災した本県の医療を支えようとしている。滋賀県出身の山本佳奈さん(26)=滋賀医大医学部卒=は南相馬市立総合病院で初の女性研修医として4月から勤務し、医師の一歩を踏み出した。宮城県南三陸町出身の山内敬太さん(18)は今春、相馬市で看護師になろうと相馬看護専門学校の門をたたいた。被災地の医師、看護師不足が課題となる中、地域医療を再生する担い手として関係者の期待は大きい。

■南相馬市立総合病院 8医師被災地で研修
 南相馬市立総合病院で4月から研修医として勤務している山本佳奈さんは当初、大きな病院で働く医師に憧れていたが、南相馬市立総合病院に1人分の枠が空いていた。大学4年生の冬、南相馬市を訪れた時を思い出す。東京電力福島第一原発事故後も病院にとどまり続けた同病院の医師らに会い、胸を打たれた。「南相馬に行ってみたい」。心は固まった。
 関西では原発や放射線などの現状を、報道を通じてしか知らない人も多い、と山本さんは感じている。「現状を知ってもらわないと『来よう』という人も出てこない。自分が来たことで次の医師が続きやすくなるはず」と前向きに語る。
 研修で出会った患者と会話を交わし、医師がいかに求められているかを知った。「この病院を選んで良かった」。自分の選択が間違っていなかったことを確信し、被災地の医療と向き合っている。
 山本さん以外にも、被災地で医療を志す若い医師は少なくない。同病院は平成25年から研修医の受け入れを始めた。25、26の両年とも定員2人を満たした。定員を4人に増やした27年も枠が埋まった。これまで受け入れた研修医8人は全て県外からの応募だ。
 市は住宅事情などの課題を解決し、医療関係者の受け入れを促進する考えだ。「これからも多くの研修医に南相馬で医療に携わってほしい」。同病院事務課の担当者は期待する。

■相馬看護専門学校 隣県から入学者
 大型連休明けの7日、山内敬太さんは相馬市にある相馬看護専門学校で机に向かい、休みムードを払拭(ふっしょく)させた。
 宮城県南三陸町の自宅は津波で流され、祖父母を亡くした。震災当時は志津川中の2年生で、高台にある学校にいたため無事だったが、親類や知人ら多くの命が奪われた。避難所で懸命に避難者の体調や心のケアなどに当たる医療スタッフの姿に胸を熱くした。「人助けをしたい」。看護師になる決意を固めた。
 母、兄ともに看護師だ。兄は同校の卒業生で現在、相馬市の病院で働いている。兄の姿を追って相馬の地を選んだ。「これからお世話になる相馬市に恩返ししたい」と山内さん。卒業後は市内で看護師になる夢を描く。
 同校には今春、地元の相馬市や南相馬市を中心に定員通り40人が入学した。このうち、10人は近接する宮城県の仙台市、角田市、亘理町など県外からの入学者だ。県外者を含め卒業生の多くは3年間の修学期間を経て看護師の国家試験に合格し、相双地方で医療に尽くす。
 地域医療の再生に取り組んでいる県相双保健福祉事務所の大竹俊秀生活衛生部長は「県外出身者が医療に従事してくれるのはありがたい。今後も官民が連携し、人材確保に当たりたい」と話す。

■背景
 県によると、相双地区の病院に勤務している常勤医は昨年12月1日現在、84人で、震災前の23年3月1日時点の120人と比べ36人少ない。相双地区の医療機関に勤務している看護師数は4月1日現在、733人で、23年3月1日時点と比べ455人減となっている。全県的には医師数、看護師数ともに震災前より増えているが、相双地区は依然、震災前の水準を下回っている。放射線への不安などから勤務者が減ったことに加え、再開できていない医療機関があることなどが背景にある。

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