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福島をつくる(45) 第4部 六次産業化 いわき協議会(いわき)

いわき市小川町の畑でネギボウズを見詰める白石

〈旬過ぎた野菜に光〉
 詩人草野心平が生まれ育ったいわき市小川町。豊かな自然に囲まれた農場に「ネギボウズ」と呼ばれるネギの花が広がっている。
「全てはここから始まった」。農薬や化学肥料を使わない農業を手掛けるファーム白石代表の白石長利(34)は5月下旬、ネギボウズに手をやり、つぶやいた。
 白石は、いわき六次化(六次産業化)協議会の会長を務めている。食に関わる農業者や料理人、販売者が協力し、新しい加工品をつくる決意を胸に刻んだ。

 白石は20代のころから、「MOA自然農法」と呼ばれる栽培法で農薬や化学肥料を使わずにネギやナス、ブロッコリーなどの農作物を作ってきた。この農法を推進する団体からチェックなどを受けながら消費者に安全、安心な野菜を届けてきた。
 「自分の取り組みの過程を全て公開し、消費者に安心して食べてもらおう」。インターネットで種まきから収穫まで農作業の状況を随時、公開した。労力がかかる分、多少は値が張るが、安全、安心な農作物を求める東京都や仙台市などの顧客から注文が相次ぐようになった。健康志向の高まりもあり、売上高は徐々に伸びていった。
 しかし、平成23年3月の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で状況は一変した。健康志向の顧客は放射性物質にも敏感で、風評は深刻だった。「特に幼い子どもを持つ母親からの注文がゼロになった」。白石の脳裏に当時の苦い記憶がよみがえる。
 東京の業者との取引も途絶えた。業者から「価格を下げれば売れる」と提案された。白石は「価格を下げても消費者の不安は変わらない。単純に安くして売りたくない」と首を縦に振らなかった。

 震災から約3カ月後の23年6月。注文がなく収穫できない畑には、ネギボウズを付けた硬くて市場価値がなくなったネギが風に揺れていた。
 そんな時、市内の「Hagiフランス料理店」でオーナーシェフを務める萩春朋(39)が白石の畑を訪ねた。2人は震災後、農商工連携を目指す有志団体を通じて知り合っていた。「農薬も化学肥料も使わずに懸命に育ててきたネギだ。ネギボウズにはなったが、何か活用できませんか」。白石は萩に持ち掛けた。
 旬の時期を過ぎて売れなくなったネギを活用する-。これまで考えてもみなかった発想に萩は驚いた。同時に「面白いかもしれない」とも思った。六次化商品として加工することで、農作物の新たな可能性を探る試みが始まった。(文中敬称略)

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