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福島をつくる(54) 第4部 六次産業化 ななくさ農園(二本松)

ご大麦の生育状況を確認する関

<逆境が夢を後押し>
 旧東和町に位置する二本松市戸沢地区の段々畑で、収穫期を迎えた黄金色の大麦が風になびく。有機野菜を生産する「ななくさ農園」代表の関元弘(44)は気温がぐんと上がった6月初旬、荒れ果てた桑畑を開墾した9年前の夏を昨日のことのように思い出した。
 前職は農林水産省の「キャリア官僚」だ。「やっと農業の『の』の字がわかってきたかな」。「霞が関」から遠く離れたこの地から、福島の農業再生と新規就農者の活路を見いだそうと奮闘する。

 関は東京都出身。宇都宮大農学部を経て、平成9年に農林水産省に入省した。福島には縁もゆかりもなかったが、11年度の人事交流で旧東和町役場に勤務したことがきっかけで、この地で有機農業に取り組む人々に出会った。
 官僚時代には、無登録農薬問題や、牛海綿状脳症(BSE)問題に接し、「食の安全」に危機感を抱くようになった。「自分の手で安心して食べられるものを作りたい。やるなら福島だ」
 同省を退職し、18年夏に同期入省の妻奈央子(41)とともに二本松市に移住し、農業を始めた。20年9月に県から有機農産物の生産工程管理者の認定を受けた。認定が追い風となり、首都圏の流通業者とパイプを太くし、独自の販売網でキュウリなどの夏野菜を中心に販路を広げた。
 しかし、軌道に乗ってきた23年3月、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が起き、売り上げが激減した。徐々に持ち直したが、震災前の水準まで回復せず、売り上げが頭打ちになった。関は「震災当初は『応援』の意味を込めて買っていた人も多かった」と振り返る。
 販路を県内に切り替え、現在、関が生産した野菜の大半は福島市内のスーパーに並ぶ。「いい物を作っている自負はある。地元で愛されない物が、県外で売れるわけがない」。撤退とは考えていなかった。
 一方で、関は震災前から新たな物を生み出そうと常に知恵を絞っていた。「3・11」は、夢への一歩を踏み出した数日後のことだった。

 関は、土壌改良のために畑に植えていた大麦に着目していた。「麦酒だ」。原料を自分で生産し、自分で仕込み、自分で売る-。「1人6次化」による麦酒造りを始めようと、発泡酒製造免許を税務署に申請したのは23年3月3日。「こんな時だからこそ、必ず商品化させる」。震災と原発事故の逆境が、関の背中を強く押した。(文中敬称略)

カテゴリー:福島をつくる-未来への挑戦

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