東日本大震災

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支援の絆 海を越え 帰国後も南相馬と交流 米海軍横須賀基地の奉仕団体

サリバンさん(右)と写真を撮るなどして交流する住民ら

 米海軍横須賀基地所属の軍人の家族らでつくるボランティア団体「ヘルピングハンズフォー東北」が、南相馬市で息の長い支援活動を続けている。夫の異動で現在は米国カリフォルニア州サンディエゴに住む代表のサリバン雅子さん(36)は昨年に続いて来日し15日、仲間と同市鹿島区の仮設住宅を訪れ住民の笑顔を確かめた。互いに今は友人、親類のような間柄。サリバンさんは「被災地全体から『もういい』と言われるまで支援を続けたい」と話している。

 11日に来日したサリバンさんは横須賀の仲間と落ち合い、日用品や衣類など支援物資を車に詰め込んで15日朝、鹿島区の寺内第二仮設住宅に向かった。訪問は震災直後から数えて7回目。子どもも含め5家族10人が、集会所に集まった住民と抱き合って絆を確かめ合った。
 団体はサリバンさんが横浜市金沢区に住んでいた平成23年4月に立ち上げた。兵庫県に住んでいた高校生時代、阪神淡路大震災の被災地を目にしながら何もできなかった気持ちが支援に動きだすきっかけになった。
 団体には支援の方法を探していた米軍家族が次々に加わり、異動で日本を離れても支援の輪は広がった。
 寺内第二の住民が手作りして米国などに送った「感謝のくす玉」は、バザーで義援金となり、オクラホマの竜巻やフィリピンの台風の被災地を助ける力にもなった。
 仮設に住む鈴木玲子さん(60)は「会って、思い出が走馬灯のようによみがえった。継続的な支援は日本人同士でも難しい。ずっと気に掛けてくれるのがうれしい」と感謝した。
 サリバンさんと一緒に訪れた長女世莉名ちゃん(7つ)、長男海斗ちゃん(4つ)にとって仮設の住民はおじいちゃん、おばあちゃん。抱っこされ、写真を撮って一緒の時間を楽しく過ごしていた。

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