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福島をつくる(59) 第5部 酒づくり 清酒アカデミー 品質日本一支える 担い手育成で成果

金賞受賞銘柄の一覧を眺める佐藤。3年連続全国最多となり、自然と目尻が下がる

 「やっぱり福島の酒が1番だな」。喜多方市の大和川酒造店会長・佐藤弥右衛門(64)は今月15日、出張帰りにふらりと立ち寄った福島市のなじみの店でおちょこをあおり、静かにうなずいた。
 平成26酒造年度の全国新酒鑑評会で県内の24銘柄が金賞に輝いた。都道府県別の金賞受賞銘柄数は3年連続最多となり、県内蔵元のレベルの高さは揺るぎないものになった。
 「この蔵も、こっちの蔵も清酒アカデミー(県清酒アカデミー職業能力開発校)の卒業生だ」。佐藤は金賞受賞銘柄を報じた新聞紙面を指でなぞりながら、目尻を下げた。

 25年前の平成2年秋。県酒造組合技術委員長だった佐藤は、ある構想を打ち上げた。「福島を新潟に負けない酒どころにする」。酒づくりの担い手を育成する教育機関の創設だった。
 当時、全国の蔵元と同様に、県内でも後継者不足が懸念されていた。大量生産、大量消費の時代は終わった―。清酒の質の向上も喫緊の課題だった。
 一方、新潟県酒造組合は昭和59(1984)年に技能者養成機関として「新潟清酒学校」を設置していた。清酒の質の面でも、淡麗辛口のブランドを確立し、酒どころの地位を不動のものにしつつあった。「(新潟は)トレンドをしっかりと分析していた。担い手養成については、福島は10年遅れていた」。見上げる存在だった。
 講義内容をどうするか、講習時間は...。佐藤は新潟清酒学校を参考に試行錯誤しながらカリキュラムを作った。まね事と自覚しながらも、「福島の将来のために」とプライドを捨てて講師の確保に奔走した。ありとあらゆる人脈をたどり、全国を駆け巡った。
 2年後の平成4年9月。清酒アカデミーの前身となる県技術者研修が始まり、1期生12人を迎えた。新潟県に遅れること8年。本県の担い手育成が始まった。翌5年4月に県から普通職業訓練短期課程の認定を受け、組合員の発案で現在の名称に変更した。「新時代の幕開けだ」。少しだけ、新潟との距離が縮まった気がした。

 〈1度に口に含む量は2~3ミリリットルが理想〉。清酒アカデミーでは、利き酒をはじめ、酒づくりに関する座学を中心に初級、中級、上級の3年課程で計312時間の講義を受ける。県ハイテクプラザ会津若松技術支援センターを拠点に学ぶ。センターの職員らが講師だ。県内の蔵元に出向き、実際に酒を仕込む研修や酒造米の稲刈り体験もある。蔵元の後継者のほか、営業社員も通う。酒税法に労働安全衛生法と、講義内容は多岐にわたる。
 佐藤は当初の構想以上に成果を挙げたと実感している。講義には一線で活躍している卒業生も教壇に立つ。「育てた人材が、新たな人材を育てる」。アカデミーの「理想型」にたどり着き、新潟を超えたと自負する。
 今年4月、21期生11人が巣立った。卒業生は245人を数える。各地を代表する造り手に成長した卒業生が県内の酒づくりを支えている。

 本県の清酒は世界的にも高い評価を受けている。人材育成や技術開発、輸出拡大など、東日本大震災と東京電力福島第一原発からの復興の一翼を担う酒づくりの挑戦を追う。(文中敬称略)

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