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福島をつくる(63) 第5部 酒づくり 高品質清酒研究会 常識変えた「金取り会」

寄せ書きを見詰めながら、金賞受賞を支えてくれたつながりを振り返る四家。

 いわき市内郷高坂町にある四家酒造店の事務所に寄せ書きが飾られている。平成8年、「又兵衛」が全国新酒鑑評会で初めて金賞に輝いたのを祝福し、知人らから贈られた。「あの時の喜びは忘れられない」。当時、駆け出しだった代表社員の四家久央(45)は懐かしそうに目をやった。
 しかし、その後、蔵の真の実力を示す連続金賞受賞はなかなか達成できなかった。もろみを管理する温度を変えるなど試行錯誤を繰り返した。「どうすればもっと良くなるんだ」。悩みを抱える中、四家を支えてくれたのが高品質清酒研究会だった。通称「金取り会」と呼ばれる。

 研究会は会津若松市の名倉山酒造社長の松本健男(58)らが中心となり、7年1月に産声を上げた。当時、県外で香りの高い酵母で造られた吟醸酒が評価され始めた。県内では名倉山などが金賞を獲得していたが、県全体から見れば一握りにしかすぎなかった。「福島が勝つにはどうしたらいいか」。危機感を募らせた県酒造組合の役員は松本らに相談を持ち掛けた。
 初代会長となった松本は「他の蔵と自分の酒を比べる機会がなければ、課題を改良するすべは見いだせない」と考えていた。だが、このころは杜氏(とうじ)が苦労して編み出した麹造りなどの技術は門外不出とされていた。製法を外部に教えたり、一緒に飲み比べしたりすることはご法度とされる風潮があった。
 研究会が真っ先に取り組んだのは班ごとの意見交換だった。優秀な蔵元を班長に4~5人の班をつくり、持ち寄った酒の感想を言い合った。「後味を良くしないとだめだよ」「濃すぎる感じがする」...。改善に向けて本音で指摘した。業界の常識を変える試みだった。
 一方、「一朝一夕で酒が良くなるものか」「蔵がまとまれるはずがない」と陰口を言う関係者もいた。それでも松本の信念は揺るがなかった。「自己流の時代は終わったんだ」
 松本らが、火入れの時期やもろみの管理の仕方などを助言するだけで、各蔵が目に見えて異味異臭のない、切れのある軽快な清酒を造れるようになった。「教わる側は勉強になったし、自分でも分からなかった課題に気付かせてもらえた。一緒に階段を上るような一体感があった」と振り返る。
 四家も、松本らから酒を絞る時期、原料や用具の管理方法など多くの技術を教わった。15年から6年連続で全国の金賞を受賞する礎となった。「自分の蔵だけで成長するには限界があった」。研究会の存在は大きかった。

 研究会には現在、29の蔵元が所属し、四家が四代目の会長を務める。全国新酒鑑評会の審査と同じ日に、各蔵元が出品酒を持ち寄り、感想を言い合うのが恒例となっている。「良い評価をもらえると鑑評会の結果発表までひとまず安心して過ごせるほど」。四家は全国の審査と肩を並べるほどになった研究会の力を誇らしく思う。
 飛躍的に高まった酒づくりの技術-。その大きな要因として「利き酒力」の高さを挙げる業界関係者は少なくない。(文中敬称略)

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