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福島をつくる(69) 第5部 酒づくり 海外進出㊥ 古里への愛詰める

客に自慢の酒を勧める斎藤(左)。海外展開を見据え、酒づくりを学ぶ日々だ

 「この酒は冷やして飲んでね。あちらは熱かんでも大丈夫ですよ」。福島市で唯一の蔵元・金水晶酒造店に明るい声が響く。常務の斎藤美幸は、本社に隣接する売店に並んだ商品を指さし、客に勧めた。
 これまで商品の約9割は地元で消費されてきた。全国新酒鑑評会で8年連続で金賞を受賞している主力銘柄「金水晶」が今年7月、初めて海を渡った。明治28(1895)年創業、120年に及ぶ蔵元の歴史に新たな一歩を記した。
 「福島市にも、おいしい酒があるんだと知ってほしかった」。海外に挑んだ理由を明かした。


 斎藤は東京大教養学部を卒業後、東京都内や県内のテレビ局で働き、退社後は専業主婦として都内で暮らしていた。社長を務める斎藤正一(80)の一人娘だが、蔵元を継ぐつもりはなかった。「父の代で蔵がなくなるかも...」。それ以上は考えないようにしてきた。
 だが、平成23年3月に起きた東日本大震災と東京電力福島第一原発事故は斎藤の考えを一変させた。日に日に強くなる風評、古里に対する心ない言葉...。「福島の酒を守らなければ」。居ても立ってもいられなくなった。今年4月、蔵を継ぐ覚悟を決め、古里に戻った。
 入社間もない4月中旬。斎藤は事務所で1本の電話を受けた。「香港で開く日本酒PRセミナーに参加しませんか」。県県産品振興戦略課の職員からだった。酒づくりはもちろん、経営や販売など全ての面で素人の斎藤は戸惑った。正一に相談すると、「行ってきなさい」とそっと背中を押してくれた。「何事も勉強。何でもやってやる」。斎藤は参加を決めた。
 5月に県内の蔵元数社と共に香港に渡り、日本料理店約10軒を回った。酒瓶を手に安全性や味、品質の良さを訴え続けた。「じゃあ、使ってみよう」。ある店主が切り出した。「売れなかったらどうしよう」という斎藤の不安は吹き飛んだ。7月、「金水晶 純米生貯蔵酒」など20本を載せた第1便が香港に飛び立った。
 同じころ、アジア太平洋都市サミットに出席するためオーストラリアを訪れた福島市長・小林香(56)の仲介で、現地の日系食品販売企業からも注文が入った。「高品質な福島の酒は喜ばれる。すぐ取り寄せたい」。9月上旬、純米吟醸など64本を船で輸出した。
 コメや水、気候、人柄の良さ...。斎藤は酒に福島の魅力が全て凝縮されていると信じている。古里の味が徐々に世界に広まっていくのを誇らしく感じた。


 斎藤は外国人が手に取りやすいラベルに変えようとアイデアを練っている。10月中旬に郡山市で開かれた日本貿易振興機構(ジェトロ)主催の海外向け商談会に参加するなど輸出拡大に向けた勉強も欠かさない。
 来年3月には県清酒アカデミー職業能力開発校に入る予定だ。「酒づくりを一から学び、自信を持って海外に金水晶の名を広めたい」と決意を新たにする。
 海外から高い評価を受けている県内の清酒。風評払拭(ふっしょく)へ追い風が吹いている。(文中敬称略)

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