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福島をつくる(70) 第5部 酒づくり 海外進出(下) 「世界一」追い風に

新酒の「酒母」をかき混ぜる東海林(写真右)とマレーシアなどから届く注文のメールを確認する唐橋(同左)

 喜多方市の夢心酒造社長・東海林伸夫(46)は10月中旬、蔵で酒のもととなる酒母をかき混ぜていた。「海外でも喜んでもらえるいい新酒ができそうだ」。自然と笑みがこぼれた。
 同じころ、市内のほまれ酒造社長・唐橋裕幸(42)の元にはマレーシアやフィンランドなど、これまで取引がなかった国々から注文のメールが届いていた。
 今年7月、英国で開かれた世界最大級のワイン品評会インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)で、夢心酒造が普通酒の部で最優秀賞トロフィー、ほまれ酒造が出品された全日本酒の中で最優秀賞に当たる「チャンピオン・サケ」に輝いた。県内の清酒の世界的な評価も揺るぎないものになってきた。

 東海林は青山学院大経営学部を卒業後の平成7年、古里に戻った。出荷本数は最盛期だった昭和59年の110万本に比べ、半分以下に落ち込んでいた。「このままでは蔵がつぶれる」。社運を懸けて「奈良萬」ブランドを一新し、味が維持できる小売店のみに出荷する限定流通方式に切り替えた。20年、専務から社長に就任した。この年の夏、奈良萬が初めて海を越えた。
 唐橋は米国のサンフランシスコ大で経営学修士(MBA)を取得した経歴がある。留学中、外国人が日本酒を飲む姿を幾度となく目にした。「これからは世界にも商機がある」。16年、実家のほまれ酒造に入社後、真っ先に海外の販路開拓に取り組んだ。米国をはじめ、韓国、中国、香港...。得意の英語を生かし、またたく間に取引先は10カ国を越した。
 しかし、23年3月、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が起きた。「福島離れが進んでいく」。東海林は6月、自らの口で安全性を訴えようと米国での商談会に向かった。かばんには福島第一原発と会社の位置関係を記した手作りの地図を詰め込んだ。
 傍らには同じ商談会に参加する唐橋の姿もあった。ほまれ酒造ではアジア圏の国々との取引は途絶え、海外向け販売額が約25%落ち込んでいた。下を向いてばかりはいられなかった。

 会場で2人の前に現れた買い付け業者は意外な言葉を掛けてきた。「事故で会社は大丈夫だったのか。これまで通り酒を送ってほしい」。米国は風評にとらわれない品質主義だった。「本当にうまいものを造れば、認めてもらえる」。2人は確信した。ブランドを磨こうと、IWCの頂点を目標に据えた。ほまれ酒造は24年から出品を始め、夢心も26年に続いた。

 IWC受賞後、夢心酒造の普通酒は全国の高級デパートから引き合いが増えた。ほまれ酒造には海外からの視察が相次ぐ。3カ月間で英国やタイ、カナダなど十数カ国に上った。中には輸出が禁じられている中国のジャーナリストらもいた。唐橋は蔵を案内し、原発事故後、彼らが一切口にしていない福島の酒を勧めた。「おいしい。安全性も問題ないだろう」。その言葉に輸出再開の兆しが見えた気がした。
 原発事故で海外に広く知られるようになった「福島」。だが、その後は県内の現状を伝える報道は少なく、悪い印象を持ったままの人は少なくない。「『メードイン福島』を広め、風評払拭(ふっしょく)を成し遂げる」。東海林と唐橋は口をそろえる。世界の評価を追い風に未来への挑戦は続く。(文中敬称略)

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