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(19)飯坂小唄が結ぶ絆

「観光客を取り戻したい」と、だ●べした~ずが活動する飯坂温泉の駅前 ※●は温泉マーク

■福島市 飯坂だ●べした~ず(下)

 「また一緒に演奏しましょう」
 福島市の旧堀切邸で平成24年7月に開かれた伝統芸能の祭典。民謡を唄う活動を1人で続けていた佐藤木綿子(ゆうこ)(21)=福島学院大3年=は三味線ユニット「飯坂だ●べした~ず」と初めて共演した。和田一成(40)=ほりえや旅館=、柳沼公貴(43)=祭屋湯左衛門=、畠正樹(37)=吉川屋=のトリオが奏でる音色と佐藤の張りのある歌声は見事にマッチした。
 佐藤は10歳以上、年の離れた3人が湯の街飯坂に伝わる小唄の文化を伝え、地域を盛り上げるため活動していると知った。自分の唄が役に立つかもしれない。9歳で始めた民謡を極めたいと考え始めていた時期だった。だ●べした~ずは4人目のメンバーを迎えた。

 東北地方を代表する名湯・飯坂温泉。かつては関東圏から団体の泊まり客を乗せた大型バスが次々やって来た。
 昭和48年に入り込みはピークに達し、約177万人が訪れた。通りは人であふれ、旅館からにぎやかな三味線の演奏が聞こえてきた。老舗温泉宿のおかみは「大型バスが温泉街に到着するたび、歓迎の花火が上がった」と懐かしむ。
 しかし、団体旅行のブームは去った。東京電力福島第一原発事故発生後は風評の影響を受けている。平成26年の入り込みは95万6000人で、最も多かった時期の半数程度となった。
 いつしか、三味線の音色が街を包んだ時代はおとぎ話の世界となった。

 飯坂温泉に今以上に活気を生みたい─。だ●べした~ずの活動は広がり続けている。25年9月から、地元の飯坂小児童に飯坂小唄と踊りを教えている。畠は「子どもと触れ合う取り組みによって、地域の絆を強めていきたい」と話す。
 昨年10月には東京都の西日暮里で、市の観光PRイベントに出演した。どこか懐かしさを感じる旋律に、多くの人が足を止めて聞き入った。今後は英語版や手話版の「飯坂小唄」動画を作成し、インターネットを通じて世界に発信する予定だ。飯坂温泉旅館協同組合理事長の紺野正敏(65)=福住旅館=は「伝統文化を生かしたユニークな活動で、飯坂をPRしてくれてありがたい」と喜ぶ。
 だ●べした~ずの発起人である和田は「飯坂小唄が夜道ににぎやかに響く温泉街を取り戻す」と誓う。(文中敬称略)

※●は温泉マーク

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