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古里の偉人 劇で紹介 がん研究の先駆者 吉田富三博士 浅川小児童12日初上演

「吉田富三博士ものがたり」の成功に向け練習を重ねる浅川小の子どもたち

 古里の偉大な研究者の功績を知ってほしい-。浅川町の浅川小の児童は2月12日午後1時20分から同校体育館で劇「吉田富三博士ものがたり」を初めて上演する。同町出身でがん研究の先駆者吉田博士の誕生日に合わせて生涯を紹介する。

■「学校の伝統にしたい」
 劇を演じるのは6年生17人。浅川町に生まれた吉田博士が浅川小に通い、毎年8月に開かれている伝統の「浅川の花火」が大好きだったという場面から始まる。造り酒屋を営んでいた父喜市郎や心優しい母ナオら家族との絆を強調する。東京の府立中学の受験に方言が通じずに失敗したが、錦城中から第一高等学校に進学し、東京帝国大(現東大)に入学するまでを前半で描く。
 見どころは後半の人工肝臓がんの生成に成功するシーンだ。昭和4年、佐々木研究所に入所した吉田博士は3年間、研究に没頭する。マウスに化学物質を投与し、肝臓がんを発生させた。研究に取り組む吉田博士を演じる佐藤太斗君(12)は「苦労をして研究を成功させた吉田博士はみんなのお手本になる。がん生成に成功した瞬間を思い切り明るく演じたい」と母校の先輩の偉大さを強調した。
 吉田博士は18年、長崎医大でマウスの腹水内に移植可能ながん細胞「吉田肉腫」を発見した。生きたがん細胞を取り出して研究に使えるようになり、世界的な評価を得た。幼年期から中学受験までの吉田博士役を担当する江田恵大君(12)は「本当にすごい功績を残した。博士のように世界的に活躍する人になりたい」と意気込んでいる。
 2月10日は吉田博士の113回目の誕生日。町は誕生日を「浅川町教育の日」として古里に関する授業を小中学校で実施しているが、小学生による劇は初めて。脚本を書いた真田秀男校長(57)は「吉田博士が歩んだ道は東日本大震災や東京電力福島第一原発事故から立ち直る助けになるはず。子どもたちの思いを感じてほしい。この劇を学校の伝統にしていきたい」と話した。当日の見学は自由。問い合わせは同校 電話0247(36)2029へ。

※吉田富三博士 明治36(1903)年、浅川村(現浅川町)に生まれる。大正12(1923)年に東京帝国大医学部入学、昭和7年に人工肝臓がんの生成に成功した。ドイツ留学を経て18年に長崎医大で吉田肉腫を発見した。27年にがん治療薬「ナイトロミン」を開発した。33年に東大医学部長に就任した。36年、国の国語審議会委員となり、日本語表記を漢字仮名交じり文を原則とするよう提案した。48年、肺がんのため70歳で死去した。文化勲章や勲一等旭日大綬章などを受けている。

がん研究に大きく貢献した吉田富三博士

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