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(32)60人の後継者育成

研修生の吾妻に野菜の栽培方法を指導する菊地(右)

 相馬市の大野村農園代表を務める菊地将兵(30)は東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から2カ月後に帰郷し、農業を始めた。当時の厳しい状況を忘れることができない。
 市内の農地の約4割に上る約1200ヘクタールが津波被害を受けた。原発事故の風評の影響もあり、離農する世帯が相次いだ。地域が暗く沈んでいた。就農したての若者に周囲は冷ややかな目を向ける。「専業農家だって、これから飯を食っていけるかどうか分からない。まともに農業をしたこともない若造に何ができるのか」。それでも愚直に、祖母から借りた畑を耕し続けた。

 地区の祭りや集会などに積極的に足を運び、住民に酒をついで回った。朝から晩まで土をいじる姿が周りの目に留まるようになる。「俺の畑を使うか」。協力を申し出る人が徐々に増えていった。「先祖伝来の土地を荒らしたくないとの思いで、若い自分に託してくれたのだろう」と推し量っている。
 管理する畑は約3ヘクタールにまで増えた。養鶏に加え、ブロッコリー、キャベツ、白菜、ニンニク、トマトなど約30種類を季節に応じて生産している。農薬を減らした有機栽培を実践し、市内のスーパーや直売所で販売しているが、「野菜本来の味がする」と好評だ。ブロッコリーはJAそうま(現JAふくしま未来)が主催した平成25、26両年の品評会で入賞した。将来は加工所を建て、自家製の大豆でみそを造る夢を描く。

 農業研修生を受け入れるようになった。古里の農地を守り、おいしくて安全な農作物を供給する体制を守り抜くのが農家の務めだとの思いがある。
 自宅に3カ月から1年程度住まわせ、畑仕事の基礎を指導している。これまで60人ほどが「卒業」した。農業の経験がない関東地方の20代男性がほとんどだ。
 昨年9月から学んでいる吾妻聡(29)はいわき市勿来町出身。会社勤めをしていたが、ストレスで体調を崩し昨年5月に退社した。土起こしや野菜の種まき...。どれも初めての体験だった。将来は地元に戻って農業を始めるのが目標で、「福島県産というだけで今は値段を下げないと売れない。それでも、安全・安心なうまい野菜を作り続ければ消費者の信頼を得ることができるはずだ」と考えている。菊地の思いを酌む後継者は着実に育っている。(文中敬称略)

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