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待ちわびた復活の船出 ホッキ貝試験操業 相馬の漁師末永輝男さん

ホッキ貝漁が再開しほっとした表情の末永さん(右)

 相馬沖で3日に再開したホッキ貝の試験操業で、漁業者は久しぶりの漁の感触を確かめた。相馬市磯部の末永輝男さん(62)は東日本大震災の津波で所有する船「永輝(えいき)丸」が壊れ、自宅も流された。昨年4月に船を新調し、この日を待ちわびていた。「感覚が鈍っていたがほっとした」と笑みを浮かべ、漁師として新たな一歩を踏み出した。
 15歳から磯部漁港を拠点にホッキ貝やコウナゴ漁にいそしんできた。最初の船名は自分の名前にちなんで付けた。津波で愛船は陸に打ち上げられ無残な姿に。漁業を諦めかけた時期もあったが「自分にはこれ(漁)しかない」と思い直す。新しい永輝丸が届くまで海を離れ、建設現場で懸命に汗を流した。
 発注した船が昨年4月に届いてからホッキ貝漁に出たのは、放射性物質測定用にサンプルを採取した4回ほどしかなかった。5年近く本格的な漁から遠ざかっており「正直、不安だった」と打ち明ける。
 この日は午前4時に目が覚めた。強風で中止となった前日とは打って変わって穏やかな天候に恵まれた。朝日がまぶしい。船上で目を細めた。沖合300メートルほどの地点で大きく育ったホッキ貝を次々と水揚げした。大きさは特大、1号、2号、3号と4段階全てそろい、合わせて約160キロを揚げた。「楽しかった」と自然に頬が緩んだ。
 相馬沖のホッキ貝は甘みがあり、身が柔らかい。市内の松川浦では震災前、ホッキ貝などを味わう「浜焼きまつり」が毎年開かれ、大勢の観光客でにぎわった。「ようやく地元のホッキが揚がった。うまいホッキをたくさん食べてほしい。まちが活気づけば」と、ホッキ貝を通じたにぎわいの回復を願っている。

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