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【震災から5年6カ月】避難者9万人を下回る 求められる心のケア

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故による避難者数は8月現在、約88000人でピーク時を約77000人下回った。しかし、このうち16000人ほどが依然として福島県内の仮設住宅での暮らしを余儀なくされ、心のケアの充実が課題として浮上している。一方、原発事故の避難者向け災害公営住宅4890戸の整備が遅れ、完成した割合は全体の約30%にとどまる。


 県が把握している最新の避難者数は8万8010人(自主避難者を含む)で、内訳は県外が4万833人(8月12日現在)、県内が4万7157人(8月15日現在)、避難先不明者が20人となっている。

 県内外を合わせた避難者数は平成24年5月の16万4865人が最も多かった。その後減少し、昨年12月に初めて10万人を割り、7月には9万人を下回った。

 県外避難者の都道府県別の避難状況は【地図】の通り。東京都が5413人で最も多く、埼玉県4217人、茨城県3713人、新潟県3248人、神奈川県2902人などとなっている。県外避難者数はピークだった24年3月の6万2831人から約2万2千人減少した。

 県内避難者は最も多かった24年5月の10万2827人から、約5万5600人減った。全域で避難が続く富岡、大熊、双葉、浪江、飯舘の5町村からの避難者が2万1329人、45%を占めている。

 避難者の減少について、県は避難指示の解除が進み、仮設住宅や借り上げ住宅からの退去者が増えていることが要因とみている。県は自主避難者への住宅の無償提供を29年3月末で打ち切り、その後2年間は一定の収入要件を満たす世帯に家賃を補助する。

 避難者数の集計は災害救助法に基づいている。震災前の自宅への帰還に加えて災害公営住宅への転居や、住宅の新規購入による転居も「避難状態の解消」と見なされる。このため、避難者数の減少がそのまま古里への帰還を示していることにはならない。


■住民の避難と関連死を巡る動き (平成28年3月11日以降)
4月27日 ▼避難中に死亡した双葉病院の入院患者2人の遺族が東電に損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁が死亡と事故の因果関係を認定
5月16日 ▼県が自主避難者の戸別訪問を開始
6月20日 ▼県が原発事故避難者向けに整備を計画している災害公営住宅4890戸のうち、需要の少ない211戸の建設保留を発表
  27日 ▼県が災害公営住宅の第5期分(744戸)募集を開始
  30日 ▼復興庁が3月末時点の震災関連死の人数を発表。本県は27年9月から59人増え、2038人に
7月 4日 ▼県が避難者数を8万9323人と発表。初めて9万人を下回る
  15日 ▼県が避難区域、避難解除区域を持つ一部市町村の避難者に対する仮設・借り上げ住宅の無償提供を1年延長すると発表。平成30年3月末までとする

■増え続ける関連死 8月29日時点 2079人、全体の53%

 長期の避難生活の中で、体調を崩すなどして死亡する県内の「震災(原発事故)関連死」の人数は8月29日現在、2079人に上っている。

 県内の震災関連死は昨年12月に2千人を超え、今年に入ってからも増え続けている。地震や津波による「直接死」の1604人を475人上回り、県内での震災の死者全体の53%となった。

 関連死は南相馬市が486人で最も多い。浪江町が390人、富岡町が355人、双葉町が143人などとなっており、原発事故で避難区域が設定された12市町村が大半を占めている。

 関連死は遺族からの申請に基づき、市町村が認定する。認定されれば災害弔慰金が支給される。福島県の関連死の人数は宮城県の920人、岩手県の459人(いずれも28年3月末現在)と比べて突出している。


■県内自殺者は85人 7月末時点震災関連被災3県で最多

 厚生労働省の統計(暫定値)によると、震災と原発事故に関連する平成23年から今年7月末までの県内の自殺者は85人で、宮城の45人、岩手の37人を大きく上回っている。

 福島、宮城、岩手の被災三県の震災関連自殺者数の推移は県内では23年が十人、24年が13人、25年が23人と年々増えた。26、27両年は十人台だった。

 今年に入り三県で自殺したのは12人。年代別では40代の三人が最も多く、30代、50代、60代、70代が各二人だった。男女別は男性が七人、女性が五人。原因・動機(複数選択)では「健康問題」が五人、「勤務問題」が四人、「家庭問題」と「経済・生活問題」がそれぞれ二人となった。


■県内仮設入居53.5% 減少受け集約、解体進む

 県内の仮設住宅は7月29日現在、1万5758戸あり、53・5%に当たる8435戸に1万6千人が入居している。

 県内では震災と原発事故以降、25市町村に1万6800戸の仮設住宅が建設された。入居率は25年6月末が最も高く86・0%だったが、26年は78・5%、27年に66・6%と年々低下している。災害公営住宅などへの転居が進んでいることが背景にあるとみられる。

 県は入居者の減少を受けて仮設住宅の集約を進めており、これまでに建設戸数の6・2%に当たる1042戸を撤去した。津波被災者向けに整備された新地町では573戸のうち367戸、相馬市では千戸のうち150戸を解体。原発事故の避難者向けでも、入居者が減少した大玉村で166戸、桑折町で130戸を取り壊した。

 一方、入居率の低下は入居者の孤立感や孤独死のリスクを高め、自治会の機能を低下させると懸念される。

 仮設住宅は最長2年の居住を想定して建設された。27年度に県が実施した一斉点検では、木製基礎くいの腐食やシロアリ被害が221棟で確認されるなど経年劣化が各地で進んでおり、老朽化対策も課題となっている。


■原発災害公営住宅整備3割 地震・津波向け9割超

 県が整備する災害公営住宅の完成割合を示す進捗(しんちょく)率は地震・津波被災者向けが90%を超えた一方、原発事故の被災者向けは30%台にとどまっている。原発事故向けは大半の場合、該当する市町村の外に建設するため、用地取得に時間を要したことなどが要因とみられる。

 原発事故に伴う災害公営住宅の整備状況は7月末現在、県が計画する4890戸のうち11市町村で1610戸が完成し、1259世帯が入居している。整備の進捗(しんちょく)率は32・9%となっている。県は被災者の需要を踏まえ、計画戸数のうち221戸の建設を保留している。

 一方、地震・津波被災者向けは計画戸数2807戸のうち、11市町村で2644戸(7月31日現在)が完成し、進捗率は94・2%に上っている。これまでに2444世帯が入居した。


■仮設住宅ルポ 飯坂の「北幹線第2」 進む転居募る望郷の念

 古里を離れて間もなく5年半。帰還の見通しが明確にならない中、避難者はどのような思いを胸に毎日を過ごしているのか。福島市飯坂町の北幹線第2仮設住宅を訪れた。

 約100台を収容できる駐車場に駐められている車は数台ほど。郵便受けのふたにガムテープが張られ、カーテンのない空室が目立つ。

 ここでは双葉町民らが避難生活を送っている。多いときには200人近くが身を寄せていたが災害公営住宅などへの転居が進み、現在は全88戸の内、約20世帯、25人ほどが入居している。多くが70代から90代の高齢者で、ほとんどが一人暮らしだという。閑散とした敷地内を歩くと集会所の前で、男女数人が長いすに腰掛けて談笑していた。

 「独り身だから昼間は部屋にいてもテレビを見るぐらいしかない。滅入っちまうから集まっておしゃべりしてるんだよ」。泉田昌男さん(75)は話し相手を求めて、毎日集会所に足を運ぶ。福島市内の災害公営住宅へ転居する予定だが、新しい環境になじめるか不安があるという。同郷の顔なじみとの会話は気が紛れる。互いの健康や今後の生活について、話題は尽きない。にわか雨が降り出すと会話を切り上げ「また明日ない」と名残惜しそうに自室に帰っていった。

 仮設住宅の自治会は住民が減ったため解散した。3月まで自治会長を務めていた堀井五郎さん(69)方を伺うと自室に迎え入れてくれた。整頓された室内には大きく引き伸ばされた写真が飾られている。古里双葉町の景色を写したものだ。

 1年前からがんで闘病中の堀井さんは、かかりつけの病院に通いやすい本宮市に土地を購入し、新居を建築中だという。「本当は双葉に戻りたいけれど何年待てばいいのか見通しが立たない。年寄りにとっちゃ1年どころか1日1日が大切なんだ」と切実な思いを語った。表情には望郷の念がにじんでいた。

 1時間ほど話し、堀井さん宅を出ると、すっかり日が暮れていた。住居に灯る明かりはぽつりぽつりとさみしげに見える。双葉町民の仮設住宅の入居期限は平成30年3月までとされている。この先、どこに安住の地を求めるのか、住民は決断を迫られている。(本社写真報道部・小山 大介)

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