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田部井淳子さん死去 震災後も古里思う

参加した子どもたちに山の日記念バッジを渡し、笑顔を見せる田部井さん(左)=7月22日、猪苗代町

 古里の力になりたい-。女性登山家として世界的な偉業を次々に成し遂げ77年の生涯を閉じた田部井淳子さんは、最後まで東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に被災した福島に思いを寄せた。病を押して、登山やハイキングに参加し、多くの県民を勇気づけてきた。田部井さんを知る多くの人が突然の訃報を悲しむとともに、生前の活動に感謝の言葉を贈った。
 今年7月、田部井さんは猪苗代町で開いた自然体験会に参加し、北塩原村の雄国山に足を延ばしてハイキングを楽しんだ。いつもの柔和な笑みを浮かべ、子どもたちに自然の素晴らしさを伝えた。
 参加した福島市森合の山上英里子さん(10)=福島四小4年=は優しく語り掛ける田部井さんを思い出す。突然の訃報に「また一緒に山に登りたいと思っていた」と残念がった。福島民報社と自然体験会を主催した日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT-J)会長で日本山岳協会顧問の神崎忠男さん(76)=東京都=は「(がんの診断後も)体調を省みず、笑顔で子どもたちを励ます姿が印象的だった」と振り返った。
 震災と原発事故後、県民を元気にしたいと自然と触れ合う企画を通して応援を続けた。毎月開催してきたハイキングは60回を超えた。特に未来を担う子どもたちと接する機会を楽しみにしてきた。
 「東北の高校生の富士登山」は平成24年から毎年夏に開催してきた。今年7月の登山が最後になった。病状は思わしくなかった。医師からは6合目の山小屋までと指導を受けていた。それでも田部井さんは「高校生から元気をもらった」と富士山7合目まで登り、山を下った。「世界最高峰のエベレストに登るのも富士山7合目まで登るのも挑戦するという点で違いはない。人それぞれが一歩一歩目標に向かって進むことが大切」と自らの力で人生を切り開いてほしいと高校生に未来を託した。
 長男進也さん(38)=タベイプランニング社長=によると、2、3週間前から体調を崩して入退院を繰り返し、家族に見守られ息を引き取った。「来年の高校生との富士登山を楽しみにしていた」と最後の様子を明かした。

カテゴリー:福島第一原発事故

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