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夢はパティシエ 働く両親 料理で支える

■相馬市石上 片山美咲さん 18

 相馬市石上の片山美咲さん=当時(18)=は料理が得意だった。東日本大震災直前の平成23年3月に新地町の新地高を卒業し、4月からパティシエの資格取得を目指し仙台市の調理専門学校に進学する予定だった。仙台市への通学では、自宅からJR常磐線の最寄り駅まで車を使うつもりだった。運転免許取得のため通っていた常磐山元自動車学校(宮城県山元町)で津波にのまれ、夢が絶たれた。
 中学生のころ、菓子作りに興味を持った。手軽なクッキーから始め、徐々に熱中した。両親から高校の入学祝いに何が良いかと聞かれると、迷わず「オーブンがほしい」と答えた。オーブンが使えるようになると、レパートリーが増えた。両親の結婚記念日の3月15日やクリスマスなどにケーキを焼いた。自宅の畑で収穫したカボチャを使ったプリンも得意だった。
 共働きの両親を支えようと、高校に進学してからはほぼ毎日、夕食をつくった。冷蔵庫にある食材をうまく組み合わせ、食卓を飾った。「あっさりした味付けだったけど、うまかった」。父春男さん(50)は娘の味を今も覚えている。
 美咲さんの朝食はパンとコーヒー、ヨーグルトと決まっていた。震災以降、母令子さん(49)は毎日、仏前にこの3品を供える。夕食時にも必ず家族と同じおかずとご飯を用意する。「お母さんの料理もおいしいでしょう」。料理好きだった娘を思い出しながら遺影に語り掛けている。
    ◇  ◇ 
 美咲さんの母校・新地高では、震災の津波で卒業したばかりの3年生8人と当時の2年生1人の計9人が亡くなった。このうち、当時の3年生8人は常磐山元自動車学校で犠牲となった。若くして命を落とした生徒を永遠に心に刻むため、同校と同窓会、PTAは11日午前10時から新地高で祈念植樹式を行う。
 中庭の歌碑の脇に「おもひの木」と名付けた沙羅の木を植える。植樹場所には既に木を据え付け、木柱を設置した。
 江尻雅彦校長は「(9人は)新地高に通い、学び、運動した。共に学んだ先輩がどんな気持ちで亡くなったか、在校生や教職員は忘れてはいけない。思いをかみしめる場所になれば」と願う。春男さんと令子さんも植樹式への出席を快諾した。「6年たっても(娘たちを)覚えていてくれることに感謝している」。2人は声をそろえた。

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