東日本大震災

「3.11大震災・福島と原発」アーカイブ

【国策への異議20】判事集まり共同研究 事故踏まえ意見交わす

事故処理作業が続く東京電力福島第一原発。事故を踏まえ、司法は原発にどう関わるのか(手前の円筒形は汚染水タンク。奥は、左から1、2、3号機の原子炉建屋=10日、共同通信社ヘリから
 「社会的耳目を集める複雑困難訴訟に関して、こうした訴訟に内包される本質的な問題に焦点を当て、民事裁判の役割や訴訟運営について共同研究を行います」  最高裁の司法研修所が昨年1月に開いた特別研究会の資料に記された一文だ。情報公開を請求した福島民報社に...[記事全文

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【国策への異議19】続いた住民側敗訴 「安全判断」に複合要因

東京地検への申し入れに当たって、記者会見する河合さん(左)=22日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ
 福島原発告訴団は、東京電力福島第一原発事故をめぐって、当時の東電幹部ら33人を業務上過失致死傷容疑などで福島地検、東京地検などに告訴・告発している。  告訴団は22日、東電本店を家宅捜索して証拠を押収するよう東京地検に申し入れた。東京都内に事務所が...[記事全文

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【国策への異議18】事故前も訴訟で指摘 「警告が福島で現実に」

日比谷公園や官庁街を一望できる事務所で、河合さんは時折、飯舘村の村民歌を口ずさむ
 阿武隈の山あいにある飯舘村は、東京電力福島第一原発事故で計画的避難区域に指定された。  事故から半年余りが過ぎた平成23年10月。村役場前に1人の男性が姿を見せた。東京に事務所を構える弁護士、河合弘之(68)。事故前から数多くの原発訴訟に関わってい...[記事全文

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【国策への異議17】難しい専門家選び 司法、どう向き合うか

東京電力福島第一原発事故の影響が記された地図を見る井戸さん
 滋賀県の住民ら約160人は、福井県に立地する関西電力の原発7基の再稼働差し止めを求め、大津地裁に仮処分を申請している。「東京電力福島第一原発事故後、国の安全審査基準の欠陥が明らかになった」ことなどを理由に挙げている。  審理がほぼ終了し、今春には判...[記事全文

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【国策への異議16】司法判断分かれる 差し止め認めても自戒

 東日本大震災の揺れは関西地方にも及んだ。  大阪市は震度3を記録した。大阪高裁の民事第一部裁判官室はビルの13階にあり、震度の数字以上の激しい揺れに見舞われた。  判事の井戸謙一(58)は、報道で宮城県沖が震源と知り、同県に立地する東北電力女川原発...[記事全文

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【国策への異議15】審理支える態勢不足 裁判官に心理的重圧も

福島原発訴訟の控訴審判決が言い渡された仙台高裁の法廷=平成2年3月
 福島原発訴訟で、原告側の住民は「裁判所は科学技術的問題にも実体に踏み込んで審理できる」と主張し、司法が原発の安全性を丁寧に検証するように求めた。  しかし、二審の仙台高裁の判決は、原子炉の設置許可を「国の専門技術的裁量行為」と位置付けた。その上で、...[記事全文

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【国策への異議14】津波、電源喪失に驚き 当時の争点振り返る

福島原発訴訟の判決文を見ながら当時を振り返る木原さん
 東日本大震災が起きた平成23年3月11日、弁護士の木原幹郎(73)は宮城県岩沼市にある自らの法律事務所にいた。  東京電力福島第一原発の事故を知り、衝撃を受けた。その後、日々の報道で接する福島第一原発の悪化を見ながら、同時に、福島第二原発も気になっ...[記事全文

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【国策への異議13】変わり果てたわが家 長引く避難、焦り募る

 福島原発訴訟で原告団長を務めた小野田三蔵(75)の自宅は富岡町内にある。東京電力福島第一原発と福島第二原発から、それぞれ約7キロの場所だ。  福島第一原発事故で警戒区域に指定され、住むことも、立ち入ることも制限されている。近く予定されている区域の見...[記事全文

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【国策への異議12】やりきれなさ続く 避難の新潟で母を看病

郡山市に設けられた富岡町郡山事務所で、避難生活の様子を語る小野田さん
 福島原発訴訟の原告団長を務めた富岡町の小野田三蔵(75)は今、新潟市の借り上げアパートで暮らす。富岡町内は、全域が東京電力福島第一原発事故による警戒区域に指定され、立ち入り制限が続く。  新潟市から約95キロ離れた新潟県十日町市の病院に母ユウ(95...[記事全文

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【国策への異議11】安全性判断に限界も 原告「司法逃げたのか」

 控訴棄却は、原告の住民にとって予想していた範囲内だった。平成2年3月20日午後1時半すぎ。仙台高裁101号法廷に、裁判長の静かな声が響いた。  続けて、裁判長は判決理由を読み上げた。その途中に、原告や傍聴者の大きな注目を集めた部分があった。「原子爆...[記事全文

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【国策への異議10】裁判は子孫への言葉 弁護士の励ましが支え

一審の判決結果を支援者や報道関係者に示す早川さん=昭和59年7月、福島地裁
 福島原発訴訟は昭和50年1月の提訴後、9年半にわたり、福島地裁で45回の口頭弁論を繰り広げた。  59年7月23日。福島地裁には午前8時すぎから原告団や支援者、報道関係者ら約100人が傍聴券を求めて列をつくった。  午前9時25分に裁判長が庁舎に入...[記事全文

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【国策への異議9】原告は全て県内住民 印紙代金めぐり交渉

安田さんが事務所で保管している福島原発訴訟の資料
 昭和50年1月7日午前11時半ごろ、福島市民福祉会館(当時)の1室には熱気があふれた。福島原発訴訟の訴状提出に先立ち、原告と支援者らの決起集会が開かれていた。原告を含む約250人を前に、原告団長の小野田三蔵(75)や弁護団長の安田純治(81)らが壇...[記事全文

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【国策への異議8】不安より大きな期待 "利益共同体"が多数派

長年、原発問題に携わってきた伊東さん。いわき市の自宅には原発事故から2年近くが過ぎた今も多くの相談が寄せられている
 いわき市議や県議を務めた伊東達也(71)は、福島市で3月に開かれる日本科学者会議主催のシンポジウムに備え、資料の取りまとめに当たっている。  伊東は原発問題住民運動全国連絡センターの代表委員。シンポジウムでは、「原発を巡る自治体と運動」をテーマに掲...[記事全文

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【国策への異議7】〝逆風〟の中で提訴 表立った参加見送りも

集大成された裁判資料。40年近く前に始まった「福島原発訴訟」の軌跡を示す
 東京電力福島第一原発事故から数カ月後。福島市の弁護士、安田純治(81)は自らの事務所の倉庫から、ある資料を探し出した。  かつて弁護団長を務めた福島第二原発の原子炉設置許可取り消し請求訴訟の関係記録だった。その量は、段ボール箱で8箱分ほどあった。 ...[記事全文

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【国策への異議6】庶民の権利守りたい 裁判に向け参加者募る

「福島原発訴訟」を振り返り、裁判資料に目を通す安田さん
 東京電力福島第一原発事故で被災した本県などの約350人は、慰謝料などを求めた集団訴訟を、事故から2年を迎える3月11日に、福島地裁に起こす。  1月初め、その訴訟の弁護団会議が福島市内で開かれた。出席者の中に、かつて県弁護士会長や衆院議員を務めた安...[記事全文

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【国策への異議5】反原発のよりどころ 発言、動向監視される

東電福島第一原発事故を受け、浜通りで調査に取り組む安斎さん=平成23年4月
 昭和47年12月、日本学術会議は「第1回原子力問題シンポジウム-原子力発電の安全について-」を開いた。  前年の46年3月に東京電力福島第一原発1号機が営業運転を開始していた。福島第二原発の公聴会が福島市で開かれる1年近く前だった。  立命館大名誉...[記事全文

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【国策への異議4】「防げず、申し訳ない」 かつての仲間が脳裏に

福島第一原発事故の直後に、浜通りを訪れた際の調査結果などを説明する安斎さん
 平成23年3月16日。東京電力福島第一原発事故から5日後だった。楢葉町の宝鏡寺住職、早川篤雄(73)の携帯電話が鳴った。  電話番号に見覚えはない。「反対運動に関わってきたのに、こんな事故が起きてしまって。食い止めることができず、申し訳なかった」。...[記事全文

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【国策への異議3】公聴会で反対訴える 推進の動きに訴訟決意

原発に疑問を抱く住民は署名活動などで公聴会の開催を求めた。昭和48年9月、福島市で全国初の公聴会が開かれた
 楢葉町の宝鏡寺住職、早川篤雄(73)は、書類の重さの感触を今も思い出す。そこには、町の有権者の4割に当たる約2200人分の署名が掲載されていた。  昭和47年、国の電源開発調整審議会は東京電力福島第二原発1号機の計画を承認した。その建設場所は、早川...[記事全文

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【国策への異議2】「避難者の無念晴らす」 敗訴20年、新たな闘い

避難者訴訟原告団の記者会見で、思いを語る早川さん(前列左から2人目)=平成24年12月、いわき市
 「なぜ、また訴訟を起こす事態になってしまったのだろう」  楢葉町の宝鏡寺住職、早川篤雄(73)の胸中には、やりきれなさが込み上げた。  昨年12月初め。早川は「福島原発避難者訴訟原告団」の団長として、いわき市内で行われた記者会見に臨んだ。東京電力福...[記事全文

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【国策への異議1】司法判断に悔しさ 訴え続けた不安現実に

本尊があった場所を見詰める早川さん。その手前には納骨できない遺骨が安置されている=楢葉町・宝鏡寺
 楢葉町大谷の宝鏡寺は、東京電力福島第一原発から南西に約15キロの場所にある。原発事故後、町内は寺の周辺を含む大半の地域が警戒区域に指定され、立ち入りを制限された。  東日本大震災と原発事故から間もなく2年を迎える。町外に避難した檀家(だんか)18人...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策17】地層に「貞観」の痕跡 歴史、教訓語り継ぐ

貞観津波が運んだとみられる地層を相馬東高の生徒に説明する高橋氏(右から2人目)=平成23年12月
 相馬市にある相馬東高で昨年12月、外部講師による特別授業が行われた。招かれたのは、南相馬市の庄建技術で技師長兼技術部長を務める高橋正則(63)だった。  高橋は地面を掘り起こした地層の標本を見せた。相馬東高グラウンドの下の地層で、貞観(じょうがん)...[記事全文

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【巨大津波遅れた対策16】「チリ」大きく上回る 迫る高波、避難促す

 東日本大震災で南相馬市内に遡上(そじょう)した津波。撮影時の遡上高は標高10.5メートル程度=平成23年3月11日、高橋正則氏撮影
 南相馬市に本社を置く庄建技術の技師長兼技術部長、高橋正則(63)は、昭和35年5月に本県沿岸に押し寄せたチリ地震津波を鮮明に記憶している。  「波がゆっくり、何回も引いたり、来たりした」  南米のチリは地球上で日本の反対側にある。地震は、世界の観測...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策15】仕組み解明し後世に 確かさと素早さに悩み

 「基本的に、違うことは起こらない」  茨城県つくば市にある独立行政法人・産業技術総合研究所の活断層・地震研究センター長の岡村行信(57)は貞観(じょうがん)11(869)年の地震と、昨年3月11日の東日本大震災の地震のメカニズムは「ほぼ同じ」と見て...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策14】痕跡調べ成果を報告 国の公表前に大震災

産総研が行った貞観津波の堆積物を調べる掘削調査=産総研の活断層・地震研究センター編集・発行「AFERCNEWS №16」より
 陸奥国で地震が起き、人馬に大きな被害をもたらした。壊れた建物は数知れない。津波が遡上(そじょう)して、城下に至り、溺死者は1000人に及んだ-。  貞観(じょうがん)11(869)年5月に起きた地震と津波は、歴史書「日本3代実録」に記されている。文...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策13】「揺れ」への安全優先 敷地の高さを過信

東日本大震災後に福島第一原発に設けられた仮設の防潮堤=平成23年6月撮影、東京電力提供
 東日本大震災が発生する前まで、東京電力は土木学会の「原子力発電所の津波評価技術」を基本に、福島第一原発などの各原発の津波対策に取り組んできた。  東電は昭和40年ごろ、福島第一原発を設計する際、チリ地震津波(35年)による潮位を基に、津波の高さを、...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策12】東電の見解に異論 「貞観」の検討求める

産総研活断層・地震研究センター長として研究に取り組む岡村氏
 「貞観(じょうがん)地震というものがあり、津波は塩屋崎沖地震とは比べものにならない非常にでかいものが来ている。全く触れられていないのはどうしてなのか」  平成21年6月24日、東京・経済産業省別館で開かれた総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対応11】本県沿岸で痕跡確認 土木学会の結論待ち

津波で浸水した東京電力福島第一原発。震災前に出された貞観津波の論文を基に、東京電力は大津波を調査・研究していた=平成23年3月11日、東京電力提供
 東京電力が論文を入手したのは、福島第一原発事故が起きる2年半ほど前の平成20年秋だった。  論文の提供者は、茨城県つくば市にある独立行政法人・産業技術総合研究所(産総研)の研究者だった。平安時代の貞観(じょうがん)11(869)年に東北地方などを襲...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策10】国と東電、課題は認識 「仮想」と抜本策 先送り

 「あくまで仮想的な事例に対する勉強だと認識していた」。東京電力の原子力・立地本部原子力品質・安全部長の福田俊彦(54)は、ある勉強会を振り返った。  「溢水(いっすい)勉強会」-。津波などによって、原子力発電所の敷地や建屋の内部に水が溢(あふ)れた...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策9】「敷地超え」考えなし 緊迫感、想像力欠ける

 東京電力福島第一原発が設計された昭和40年ごろ、津波に関する明確な基準は存在しなかった。このため、東電は過去の津波の痕跡を基に設計を進めた。いわき市・小名浜港で観測された最大の潮位を調べ、35年のチリ地震津波による潮位3.122メートルを設計条件に...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策8】東電の備え不十分 最新研究成果生かせず

 「事前の津波評価の時に、必要な対策を採れたのではないか?」  東京電力が今月12日に明らかにした社内の作業チームの報告に記された一文だ。福島第一原発事故から1年7カ月の間、多くの人が感じてきた疑問の1つともいえる。  チームは、原子力改革特別タスク...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策7】観測データに限界 専門家に悔しさにじむ

津波で大きな被害を受けた浪江町請戸地区周辺。奥には東京電力福島第一原子力発電所の排気筒が見える=平成23年4月撮影
 昨年3月11日、ラジオのニュースは、東日本大震災による巨大な津波の襲来を知らせていた。  東北大の災害科学国際研究所教授を務める越村俊一(40)はニュースを聞きながら、自らが手掛けてきた津波などの研究に思いを巡らせた。「なぜ、起こりえたんだ...」...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策6】1000年単位は研究途上 全貌判明前に大震災

 平成18年、県は本県沿岸の津波浸水想定の検討委員会を設けた。そのころ、茨城県つくば市にある独立行政法人・産業技術総合研究所(産総研)や国内の研究機関が調査していた地震があった。巨大な津波が仙台平野などを襲ったとされる貞観(じょうがん)11(869)...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策5】マップ、避難の参考に 「全町民」拡大は想定外

津波で大きな被害を受けた大熊町の県栽培漁業センター。町を襲った津波の浸水面積は、想定の約4倍に上った=平成23年3月撮影、大熊町提供
 東京電力福島第一原発が立地する大熊町は、原発事故後、会津若松市に役場機能を移した。その一室で、町環境対策課課長補佐の武内佳之(55)は1年7カ月前の「3・11」を思い起こしながら、1枚の地図を見詰めた。町が大震災の3年前に作った津波ハザードマップだ...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策4】浸水面積、予想超す 市町「マップ」作ったが...

 死者466人  重傷者737人  建物全壊2270棟  「津波はこれほど甚大な被害を出すのか...」。県生活環境部次長の古市正2(56)は余りにも大きな数字を見て、がくぜんとしたことを思い出す。  平成19年6月、県は津波の被害想定を初めてまとめた...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策3】被害想定追い付かず 科学的な解析が不可欠

 県は災害への備えを盛り込んだ県地域防災計画を昭和38年度に初めてまとめた。その2年前に定められた災害対策基本法で、都道府県が、それぞれの地域の計画をつくることになった。  当時は歴史上の津波に関する科学的な研究やデータの蓄積は少なかった。このため、...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策2】過去の事例少なく 専門的な研究進まず

 「発生回数の多い地震への備えが優先されがちだった。津波は事例が少なく、対策を講じにくかった」。県災害対策課長の小松一彦(57)は地震と津波に対する県の取り組みの歴史を振り返る。  昭和47年3月、県は「福島県災害誌」をまとめた。災害対策課の前身であ...[記事全文

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【巨大津波 遅れた対策1】国、大地震の説明延期 研究データ伝わらず

東京電力福島第一原発に押し寄せる津波。発電所が浸水し、過酷事故の原因の一つとなった=平成23年3月11日撮影、東京電力提供
 県庁西庁舎8階にある県災害対策課の電話が鳴った。東日本大震災が起きる1カ月ほど前の昨年2月16日。受話器から聞こえてきた声は、国の地震調査研究推進本部の担当職員だった。  「千年ほど前に巨大な地震と津波が起きていた。今後の地震活動の長期評価の対象に...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま12】安全の優先度に課題 過酷事故対策多様化を

「社内事故調」の最終報告書を説明する東京電力の幹部=6月20日、福島市
 国会の事故調査委員会(事故調)は東京電力福島第一原発事故を「明らかに人災」と結論付けた。  また、津波対策について、国会事故調は「想定外だったとするのは責任回避の方便」と指摘し、政府の事故調は「保安院も東電も放置した」と判断した。「津波は想定外」と...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま11】設計の基本変わらず 津波対策不備の一因

津波で水に浸かった福島第一原発1号機の非常用ディーゼル発電機=東京電力の「社内事故調」の最終報告書より
 強い揺れを感じた瞬間、東京電力元常務の二見常夫(69)はかつて勤めた福島第一、福島第二の各原発が脳裏に浮かんだ。「電源は大丈夫か」  昨年3月11日、神奈川県二宮町の自宅にいた。報道は、刻一刻と変わる原発の厳しい状況を伝える。二見は旧知の技術者の年...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま10】輸入製トラブル続く 迫られた国産技術開発

応力腐食割れに備え、交換された新しいシュラウド(原子炉内にあるステンレス鋼の隔壁)=東京電力福島第一原発、平成11年
 昭和46年3月に営業運転を開始した東京電力福島第一原発1号機は、トラブルが相次いだ。  「完全に実証された原子炉(デモンストレーテド・リアクター)」。受注した米国のゼネラル・エレクトリック(GE)は、そう強調していたため、発注側の東電にとっては、予...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま9】「完成品」と信じ導入 米国の技術そのまま

基礎工事をほぼ終えた福島第一原発1号機。原子炉はGE製が導入された=昭和42年ごろ
 「福島は第二の古里。県民の皆さんにおわびしたい」。東京・目黒区の東京工大キャンパスの1室で、特任教授の二見常夫(69)は口を開いた。東京電力元常務で、福島第一原発所長も務めた。今は母校で原子核工学を学ぶ学生を指導している。  福島第一原発は、大津波...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま8】廃炉達成まで関わる 業界「技術の土台築く」

水素爆発した福島第一原発1号機。廃炉に必要な研究開発が課題だ=平成23年3月12日撮影、東京電力提供
 「福島の再生が成し遂げられなければ、日本の原子力の将来はない」。日本原子力産業協会理事長の服部拓也(68)は、原子力産業界として廃炉達成まで関わる考えを強調する。  福島第一原発事故の原因について、東電の原発事故調査委員会(社内事故調)は「想定外の...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま7】トラブル続き陳謝 信頼関係今も自問自答

県原発所在町協議会でトラブルを説明する服部氏(左側中央)=平成12年8月
 平成12年6月に東京電力福島第一原発所長に就いた服部拓也(68)は、立地地域に対する説明とおわびの行脚を続けた。就任から1カ月ほどで福島第一、福島第二の両原発でトラブルが相次いだためだ。  7月21日、茨城県沖地震が発生し、福島第一原発の周辺で震度...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま6】稼働前、社員手探り 不具合、停止相次ぐ

1号機の引き渡し式でGEの所長から鍵を受ける今村所長(左)=東京電力「福島第一原子力発電所45年のあゆみ」から
 日本原子力産業協会理事長の服部拓也(68)は、東京電力福島第一原子力発電所に勤務経験がある。機械課の担当社員と副長、所長の計3回、合わせて5年半ほど働いた。  太平洋戦争中の昭和19年、中国・上海で生まれた。大阪で幼少時代を過ごし、昭和38年に東大...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま5】備えに現実感伴わず 電源盤に水、ベント難航

水に漬かった福島第一原発1号機の電源盤=東京電力の社内事故調の最終報告書より
 日本原子力産業協会理事長の服部拓也(68)は、東京電力福島第一原発事故が大惨事となった要因の1つに電源盤の冠水を挙げる。「外部から電源車を持ち込んでも、電気を機器類に配分する電源盤が使えなければ、意味がなかった」  福島第一原発の外部電源と非常用デ...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま4】当事者の評価に限界 立地地域から不満噴出

 東京電力の福島第一原発事故調査委員会(社内事故調)は6月20日、最終報告書を公表した。福島市内で記者会見した東電常務(当時)の山口博(61)は「想定していた高さを上回る津波の発生が原因」とする見解を説明した。  元東電副社長で、日本原子力産業協会理...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま3】安全委は「機能不全」 官邸主導で事故対応

原子力安全委員会事務局が入る中央合同庁舎4号館。詰めていた専門家に情報が十分に入らなかった
 原子力安全委員会は東日本大震災の発生から約一時間後、外部の専門家による助言組織の設置を決めた。  委員会事務局は、助言組織のメンバーである「緊急事態応急対策調査委員」に招集メールを送り、臨戦態勢を整えようとした。だが、助言組織は当初、計画通りには動...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま2】「情報が滞っている」 助言の判断材料不足

平成23年3月15日撮影の福島第一原発。1号機(左手前)が水素爆発するなど1~4号機で次々と事故が起きた=東京電力提供
 昨年3月11日、海外出張から帰国した日本原子力産業協会理事長の服部拓也(68)は、関西国際空港近くのホテルで眠れぬ夜を明かした。乗っていた日航機は成田空港を目指していたが、東日本大震災で着陸場所を変更していた。  計り知れない巨大津波の被害、先行き...[記事全文

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【推進と悔恨のはざま1】政府の対応遅れ懸念 元東電幹部焦り募らす

東日本大震災によって福島第一原発に押し寄せた津波。原発は未曽有の危機に陥った=平成23年3月11日、東京電力提供
 成田空港に向かっていた日航機は中国上空を飛んでいた。機長の声が響く。「関東地方で大きな地震が発生。どこに降りるか指示を待つ」。昨年3月11日午後4時半ごろだった。  搭乗客の中に日本原子力産業協会理事長の服部拓也(68)がいた。協会は半世紀余り前に...[記事全文

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【安全への問い掛け24】国策問う姿勢続く 「収束」「廃炉」難題残る

 双葉町の岩本忠夫町長から原発の安全確認などの要望書を受け取る原子力安全・保安院の佐々木宜彦院長(左)=平成15年5月、富岡町
 「東京電力のトラブル隠しは私の人生で大きな出来事だった」。経済産業省原子力安全・保安院の初代院長を務めた佐々木宜彦(67)は、院長在任の平成13年から16年までを思い起こす。原子力安全・保安院は中央省庁再編に伴い、13年1月に発足した。原子力をはじ...[記事全文

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【安全への問い掛け23】トラブル隠しに怒り 国、東電への信頼崩れる

トラブル隠しの発覚で、記者会見する川手副知事(左)=平成14年8月29日
 県エネルギー政策検討会の議論は「中間とりまとめ」に向けて、大詰めを迎えていた。平成14年8月29日夕。検討会の事務局を受け持つ県企画調整部の部長、菊地俊彦(66)は出張先から県庁に戻った。「記者会見があるらしい」。知り合いの新聞記者から知らされた。...[記事全文

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【安全への問い掛け22】国に問題点突き付け 県の検討範囲には限界

国の政策に対して、県が疑問や課題を示したエネルギー政策検討会の「中間とりまとめ」
 東京電力福島第一原発事故などを受け、国の原子力委員会は21日、原発で発電を終えた使用済み燃料の取り扱いについて「全量再処理」「全量地中廃棄」「再処理と地中廃棄の併存」の3種類の評価を示した。  わが国は半世紀余りにわたり全量再処理の方針を掲げてきた...[記事全文

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【安全への問い掛け21】国との話し合い平行線 県、検討会で政策見直し

エネルギー政策の見直しに当たって開かれた「県民の意見を聴く会」。原発への賛否両論が相次いだ=平成13年5月
 県が平成13年2月に打ち出したプルサーマルの見合わせや、エネルギー政策の見直しは県内外に波紋を広げた。  翌月、資源エネルギー庁原子力政策課長の原山保人らが県庁を訪ねた。「国の政策を止めるわけにはいかない。(プルサーマルは)一刻でも早くと思っている...[記事全文

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【安全への問い掛け20】東電、突然の凍結表明 県「地域を翻弄」と反発

平成16年7月に営業運転を開始した東京電力広野火力発電所5号機。東電の方針変更によって開始時期は当初より遅れた
 「広野火発5号機 運転開始延期へ」  平成13年2月3日付の福島民報の紙面は、広野町に建設中の東京電力広野火力発電所5号機の運転開始時期が遅れる見通しを報じていた。  5日後の8日、東電は原発を含め、発電所の新増設を凍結する方針を都内で正式に発表...[記事全文

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【安全への問い掛け19】県、燃料データに不信 プルサーマル直前で延期

佐藤知事にプルサーマル計画の延期を伝える東京電力の南社長(右)=平成12年1月、県庁
 東京電力の歴代の社長は、毎年正月を迎えると、知事や、原発と火発がある立地町の町長にあいさつに赴くことが、いつのころからか、慣例のようになっていた。  何事もなれば、文字通り、正月のあいさつだが、平成12年は違っていた。1月7日に県庁を訪れた社長の南...[記事全文

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【安全への問い掛け18】県、町臨界事故に動揺 保健所に相談、検査相次ぐ

JCO臨界事故に伴い、検査を受ける中学生=平成11年10月、いわき市
 平成11年9月30日に茨城県東海村で発生したJCO臨界事故は、県や、東京電力の原子力発電所が立地する大熊、双葉、楢葉、富岡の4町にも大きな衝撃を及ぼした。  「県内にMOX燃料が搬入され、原子力への注目が高まっている。県民が不安を抱くのではないか」...[記事全文

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【安全への問い掛け17】安堵の直後 つまずく 東海村の臨界事故に不安

プルサーマル用のMOX燃料が入った容器を輸送船からトレーラーに移す作業=平成11年9月27日、東京電力福島第一原発専用港
 大熊、双葉両町に立地する東京電力福島第一原発の専用港に1隻の輸送船が入った。平成11年9月27日午前5時27分、日の出とほぼ同じ時刻だった。船には、3号機で予定しているプルサーマル計画用のMOX燃料32体が積まれていた。  「やっとここまで、たどり...[記事全文

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【安全への問い掛け16】県と東電 擦れ違い 地元は3点セットに期待

東電の荒木社長にプルサーマル計画の事前了解回答書を手渡す佐藤知事(左)=平成10年11月、県庁
 「国のエネルギー政策に欠かせない」  「企業誘致が進まない中で、財源確保、雇用確保に原発は必要」  平成10年2月に開かれた5回目の県核燃料サイクル懇話会には、原発立地町の楢葉・草野孝、富岡・遠藤勝也、大熊・志賀秀朗、双葉・岩本忠夫の各町長が招かれ...[記事全文

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【安全への問い掛け15】プルサーマルに慎重 県の不満、不信なお強く

国の担当者(右側)を招いた県核燃料サイクル懇話会の会合=平成10年7月
 県は平成9年7月に設けた核燃料サイクル懇話会を当初、非公開とする予定だった。県幹部職員による内部の"勉強会"と位置付けたためだ。だが、報道機関の関心は高く、初回から公開することに方針を変えた。  初会合は県庁脇の知事公館で開かれた。講師は京都大の経...[記事全文

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【安全への問い掛け14】県が国策の議論開始 核燃料サイクル懇発足

 核燃料サイクル懇話会の初会合。県は国策への問い掛けを本格的に始めた=平成9年7月、福島市・知事公館
 「県という、一地方自治体が、国のエネルギー政策をどこまで議論できるだろうか」。平成9年7月29日。県原子力安全対策課主幹兼課長補佐の高倉吉久(69)は会議を前に、机の上の資料を見つめた。  県庁に隣接する知事公館には、知事の佐藤栄佐久をはじめ三役、...[記事全文

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【安全への問い掛け13】国が円卓会議を設置 県、体質的欠陥を指摘

福島市で開かれた原子力政策に関する懇談会=平成9年7月
 平成8年1月23日、県原子力安全対策課長の音高純夫(66)は首相官邸の控室にいた。福島、福井、新潟3県の知事と首相の橋本龍太郎との会談が終わるのを待った。  3県は福井県に立地する高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の事故を受け、国の原子力政策に対する原発...[記事全文

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【安全への問い掛け12】3県知事 異例の提言 政策全般の見直しに主眼

橋本首相(左から2人目)に提言する福島・佐藤(左)、福井・栗田(右から2人目)、新潟・平山の各知事=平成8年1月
 福島・佐藤栄佐久、福井・栗田幸雄、新潟・平山征夫-。3県の知事が首相官邸に出向いた。平成8年1月23日。応対したのは首相の橋本龍太郎だった。  3県に立地する原発の発電出力は全国の上位を占める。「3県の知事が直接、首相に申し入れるのは、初めてのこと...[記事全文

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【安全への問い掛け11】燃料搬出の「約束反故」 事故後の行き先定まらず

福島第一原発の敷地内に完成した使用済み燃料の共用プール=平成9年10月
 県原子力安全対策課長の小山吉弘(59)ら県職員と原発立地4町の担当者は14日、東京電力福島第一原発4号機の使用済み燃料プールの状況を確認した。使用済み燃料は今後、敷地内にある共用プールに移される見通しだ。  共用プールは各号機から出た使用済み燃料を...[記事全文

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【安全への問い掛け10】県、国に"一筆"求める 「燃料運び出し 約束を」

東電の菊池理事に共用プールの事前了解通知書を手渡す松井県原子力安全対策課長(右)=平成5年4月
 「国から一筆をもらうんだ」。平成5年初め、県原子力安全対策課長の松井勇(71)は上司から重大な指示を受けた。  東京電力福島第一原発で、発電を終えた使用済み燃料の保管問題が前年から懸案になっていた。  各号機の原子炉建屋には燃料を入れる貯蔵プールが...[記事全文

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【安全への問い掛け9】独自調査、対策を主張 県、自負の陰に限界感も

専門家の意見を聞きながら進められた県の検証作業=平成2年9月
 県庁西庁舎内は夏の西日で室温が一気に上がる。県原子力安全対策課は、その8階にあった。夜になると、窓から入る風で幾分は暑さが和らぐ。それでも熱気はなかなか冷めない。  平成2年7月、課内の机に書類が山積みされた。東京電力福島第二原発3号機の再循環ポン...[記事全文

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【安全への問い掛け8】国の判断踏み込めず 県、もどかしさ募らせる

東電の池亀常務から報告書を受け取る 平原県保健環境部長(左)=平成2年4月
 初売りで混み合う福島市の商店街で、ポケットベルが鳴った。昭和64年1月に発生した東京電力福島第二原発3号機の再循環ポンプ損傷事故から1年が過ぎていた。  県原子力安全対策課長の山口忠宏(70)が慌てて手に取ると、見慣れた番号が目に飛び込んだ。発信元...[記事全文

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【安全への問い掛け7】東電、予兆生かせず 県と立地町の不信高まる

 東京電力は事故の予兆をつかんでいながら、判断を誤った。その結果、国内で前例のない重大な事故を招いた。  福島第二原発3号機は昭和63年暮れからトラブルが相次いだ。原子炉内の再循環流量の揺らぎが通常と比べて一時的に大きくなった。また、タービンと原子炉...[記事全文

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【安全への問い掛け6】「24時間チェック」整う 増えるデータ 統合を模索

テレメーターシステムの始動式で、スイッチを入れる木村知事(昭和50年)=「県原子力安全行政10周年記念誌」より
 科学技術庁の担当者は県の申し出に冷ややかな反応を示した。「地方に必要がありますか。重荷ですよ」  県は昭和50年8月の県原子力センター(大熊町)の新庁舎落成に合わせて、原子力発電所周辺の環境放射能を常時監視するテレメーターシステムの導入を計画した。...[記事全文

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【安全への問い掛け5】県が独自に監視拠点 福島に移り分析続ける

放射性物質の分析などに取り組む県原子力センター福島支所
 県は5月末、平成24年度の「県職員録」を発行した。500ページを超える1冊に県の部や課の組織、出先機関の所在地、職員名などを掲載している。  東京電力福島第一原発事故が起きる前の「職員録」と見比べると、所在地を変えざるを得なかった部署が所々にある。...[記事全文

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【安全への問い掛け4】協定に新たな役割 事故で再考の余地浮上

 県や原発の立地町には、原発の運転に関して電力会社を指導・監督する法律上の権限はない。原子力安全対策を担当した元県職員、落合良二(68)は「東京電力と結んだ安全確保協定は、地方が原発を監視する大きなよりどころの1つだった」と顧みる。  安全確保協定の...[記事全文

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【安全への問い掛け3】新協定で監視強める トラブルのたび見直し

「三者協定」の調印式に臨む(前列左から)田中清太郎・双葉町長、志賀秀正・大熊町長、木村守江知事(昭和51年3月)=「県原子力安全行政10周年記念誌」より
 昭和47年6月、新設された県環境保全課・企画調整班にとって、原発の立地に伴う住民の安全確保が大きな仕事だった。3年前、県は東京電力と安全確保協定を結び、立地地域の立場で原発の監視を始めた。だが、その内容は県にとって、十分ではなかった。  県が独自に...[記事全文

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【安全への問い掛け2】県の関与、限られる 安全協定見直しの声

福島第一原発の状況を確認する県職員ら=5月21日、県提供
 東京電力福島第一原子力発電所は、事故から1年3カ月が過ぎようとしている。だが、4号機燃料プールの冷却設備や温度計の不具合などが相次ぐ。政府や東電が掲げる工程表の通りに収束作業が進むかどうかに、県民は不安を抱く。  5月21日、防護服を身に着けた一行...[記事全文

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【安全への問い掛け1】県、独自監視へ手探り 国と法律 立ちはだかる

大熊町に開設された県原子力対策駐在員事務所の開所式(昭和48年6月)。県は県民の安全確保のために独自の取り組みを始めた=「県原子力安全行政10周年記念誌」より
 昨年3月11日、本宮市は東日本大震災で震度6弱の強い揺れに襲われた。4号国道沿いにある医療法人落合会・東北病院は、雪が舞う中で患者を無事に避難させた。停電には非常用電源と発電機で対応した。  法人の常勤理事を務める落合良2(68)は患者と職員の安全...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い13】再び故郷へ 思い強く 健康、除染...課題尽きず

114号国道の川俣町と浪江町との境を巡回する地域安全パトロール隊員。行く先々で線量を確かめている=5月21日午後5時ごろ
 21日、川俣町山木屋地区の地域安全パトロール隊が浪江町との境に差し掛かった。車から出ると線量計の警告音が鳴り続いた。  隊長の大内和紀(57)ら隊員が視線を向けた先には、毎時約5マイクロシーベルトの数字が示されていた。 ■顧客の顔  日本原子力研究...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い12】国の除染方針に不満 根強い「山林先行」の声

除染説明会で配られた資料に目を通す山木屋地区自治会の大内会長(右)=4月26日、川俣町保健センター
 川俣町山木屋地区の計画的避難が昨年5月に始まってから丸1年が過ぎた。2度目の初夏を迎え、田畑の雑草が昨年以上に目立つ。野生動物が時折、道路を横切る。  「人が住まないことが当たり前になってしまう。地域の再生が難しくなる前に早く除染しなければならない...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い11】「故郷への道整備を」 バイパス工事今も続く

114号国道「渡利バイパス」の絵馬平トンネル-渡利トンネル間。左奥は福島市の市街地
 「道路知事」と呼ばれた木村守江は昭和39年の就任直後から、県内の道路整備を県政の重点施策に掲げた。福島市と浪江町を結ぶ114号国道の舗装は40年代前半に一気に進んだ。  「三桁国道」は原則として県が整備した。凍雪害防止工事には国の補助金が付いた。県...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い10】114号整備 舗装を優先 急カーブ、坂道が残る

川俣町の114号国道小綱木トンネルの貫通を祝い、鏡開きに臨む関係者。右は古川町長=3月4日
 川俣町長の古川道郎(67)ら町や県の関係者が木づちを振った。薄暗いトンネルの中に鏡開きの音と拍手が響く。  東日本大震災から1年を目前にした3月4日。町内の小綱木(こつなぎ)地区にある114号国道「小綱木トンネル」(646メートル)の貫通式だった。...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い9】町独自に想定し対策 国、県の不備教訓に

原子力災害に備え、川俣町が独自にまとめた2つの計画案の冊子
 東日本大震災から丸1年に差し掛かる3月上旬、川俣町は向こう10年間の町復興計画をまとめた。  24年度からの重点事業の中に、1つの項目が掲げられた。「町地域防災計画の見直し」。その内容を示す部分には「防災計画に『原子力災害対策編』を追加する」との表...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い8】手探り、近づく限界 独自計画づくりを指示

保健センターに設けた町災害対策本部で、職員に訓示する古川町長(手前)=昨年3月13日、川俣町提供
 東日本大震災から数日後の早朝、川俣町長の古川道郎(67)は1人で福島市に向かった。行き先は県庁の西隣にある県自治会館の3階。県が設けた災害対策本部だった。  東京電力福島第一原発から20キロ圏に避難指示が既に出されていた。原発から30キロ余りの場所...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い7】「区域指定」突然示す 風評対策 本格化の矢先

計画的避難区域の指定方針を受けた山木屋地区への説明会=昨年4月12日、川俣町提供
 川俣町長の古川道郎(67)は被災した町役場の町長室で、内閣官房副長官の福山哲郎(50)を待った。昨年4月10日午後8時ごろ。約束の時間から2時間余りが過ぎていた。  翌11日は震災と東京電力福島第一原発事故から1カ月に当たる。この間、町は浜通りなど...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い6】「安全、どこまで保障」 国の線引きに不信拡大

「浪江」「双葉」などと大きく書かれた紙が川俣町内の各地に掲げられ、避難者を誘導した=昨年3月13日、川俣町提供
 川俣町内を通る114号国道は、浜通りから避難する「いわき」ナンバーの車で激しく混雑した。昨年3月12日午後4時半ごろ、震災から丸1日が過ぎた。山木屋地区に住む女性は2人の子どもを車に乗せ、自宅から西にある町中心部に向かった。  カーブが続く山あいの...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い5】白い防護服見て避難 子どもを車に乗せ西へ

 パトカーの中をのぞいた瞬間、心臓が高鳴った。白い防護服、顔には見たこともないマスク...。2人の警察官の姿が目に飛び込んできた。川俣町山木屋地区に住む女性は1年余りが過ぎた今も、その光景を忘れることができない。  昨年3月12日午後3時ごろだった。...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い4】住民の避難止まらず 国、県の直接説明なし

JA新ふくしま山木屋支店の駐車場で、大内さんは震災直後の不安と緊迫した状況を思い起こす。今は計画的避難区域となっている地区内をパトロールしている
 川俣町のJA新ふくしま山木屋支店の駐車場に数10人の住民が集まった。標高550メートル前後の山木屋地区の気温は氷点下を示し、寒風が容赦なく吹き付けた。昨年3月18日早朝。東日本大震災から1週間が過ぎていた。  東京電力福島第一原発の危機的な状況にも...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い3】「取り残される」危惧 自主避難の動き始まる

 「原発から一番近い場所に取り残されているんじゃないか」  昨年3月の東日本大震災から数日後、川俣町山木屋地区に住む大内和紀(57)は不安に駆られ始めた。町消防団の分団長を務め、住民の安否確認や被害調査のさなかだった。  消防団は町の指示を受け、国...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い2】急きょ避難者を収容 町民の不安も高まる

川俣町の避難所で、炊き出しのおにぎりを待つ浜通りからの避難者=昨年3月13日、川俣町提供
 携帯電話の着信音が夜明け間際の静けさに響いた。昨年3月12日午前6時ごろ、川俣町役場の町長室。東日本大震災の発生から初めての朝が訪れようとしていた。  町長の古川道郎(67)は、保健センターに設けた災害対策本部で、夜通しで陣頭指揮を執った。地震で散...[記事全文

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【川俣・無防備の戸惑い1】防災計画に想定なし 国、県の「線引き」外

供地震で壊れた川俣町役場本庁舎。町は地震に加え、急きょ、原発事故への対応も迫られた=昨年3月12日、川俣町提
 大型連休が明けて間もない8日、川俣町中央公民館で開かれた町議会全員協議会で、議員から町への要望が相次いだ。  「農地の除染を迅速に進めないと、作付けが間に合わない」  「農家に代替農地を提供できるように国に働き掛けてほしい」  昨年3月の東京電力福...[記事全文

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【覆された備え15】防護服に住民違和感 高い線量知らされず

警戒区域への一時帰宅のため防護服を着る避難者。県は万が一に備え、地元の町などに配備していた=昨年5月撮影
 浪江町は東日本大震災から一夜明けた昨年3月12日午後、役場機能を町の中心部から西に約20キロ離れた町津島支所に移した。町職員が、とっさの判断で、役場の倉庫から支所に運び込んだ物品があった。不織布製の白い防護服150着だった。繊維を織らずに結合させた...[記事全文

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【覆された備え14】避難路限られ 車集中 114号国道の整備遅れ

昨年3月12日、114号国道は津島支所方面に向かう車で渋滞した=浪江町提供
 浪江町内の114号国道は、町中心部から西側の津島方面に向けて車の長い列が続いた。昨年3月12日、東京電力福島第一原発事故の避難指示が10キロ圏に拡大され、町民約8千人が一斉に西を目指した。  町も役場機能を福島第一原発から約27キロ離れた津島支所に...[記事全文

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【覆された備え13】10キロ圏外「空白地域」 町単独の対応に限界

浪江高津島校に避難した浪江町民。その後、町民は二本松方面に避難した=昨年3月、浪江町提供
 浪江町長の馬場有(63)は町民の避難範囲を広げるかどうか悩んだ。東日本大震災の発生から一夜明けた昨年3月12日午前。馬場は東京電力福島第一原発事故の状況が悪化の一途をたどっていることをテレビで知った。  先に出された政府の避難指示は原発から半径10...[記事全文

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【覆された備え12】浪江町に連絡入らず 10キロ圏の訓練なし

 「危機管理が希薄だった。国の責任で訓練することが本来の筋ではないか」。浪江町長の馬場有(63)は不満をぶつけた。  今月21日、二本松市で開かれた国会の原発事故調査委員会(国会事故調)の場だった。馬場は国や県、東電から連絡がないまま、孤立無援で全町...[記事全文

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【覆された備え11】再避難 強いられ分散 所在確認 今も続く

避難先の田村市総合体育館でパンと飲料水の配布を受ける被災者。大熊町消防団員も活動した=昨年3月13日午前11時55分ごろ
 大熊町民を乗せたバスは、町と田村市をつなぐ288号国道を何度も往復した。昨年3月12日早朝、政府の避難指示は東京電力福島第一原発から半径10キロ圏に拡大した。第一原発が立地する大熊町は、田村市に住民を避難させ続けた。  原発事故に伴う町外避難は県原...[記事全文

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【覆された備え10】避難拡大に戸惑い 町職員「とにかく西へ」

 茨城県の民間バス数10台が大熊町役場近くの県道沿いに停車していた。乗客の姿はない。東日本大震災の発生から半日しか過ぎていない昨年3月12日午前4時半ごろだった。  「どうして、こんなときに旅行する人がいるんだろう」。大熊町行政区長会長の仲野孝男(6...[記事全文

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【覆された備え9】予期しない町外避難 40年の「安全」を過信

国会の事故調査委員会で、原発事故直後の混乱を語る渡辺町長(左)=22日、会津大
 東京電力福島第一原発事故を調べている国会の調査委員会(国会事故調)のメンバーが次々と質問を繰り出した。  「日頃の訓練は役に立たなかったと思いますか」  「ヨウ素剤はいつ服用すれば有効だと考えていましたか」  今月22日、国会事故調は会津若松...[記事全文

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【覆された備え8】「過酷事故」想定なし 訓練規模 膨らんだが...

県は原子力防災訓練を平成12年から毎年、実施した。訓練で自衛隊の車両を使い、避難所に到着した住民
 「シビアアクシデント(過酷事故)に対応する訓練にしたい」。10年ほど前、原子力防災を受け持った県職員は県の主な部局に相談を持ち掛けた。  ところが、一部の部署から予想もしなかった答えが返ってきた。「そんな言葉はない」。過酷事故が起きるという考え方が...[記事全文

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【覆された備え7】県の提案で住民参加 難色の国を説き伏せ

平成元年11月の原子力防災訓練に参加した住民=「月刊ふくしま」第272号から
 平成元年7月、県生活福祉部長に就いた新妻威男(77)は、11月に予定されていた原子力防災訓練の計画案を修正するよう部下に指示した。  「原発立地地域の人たちが入らない訓練には意味がない。住民が避難を体験する内容を盛り込んで計画案を作り直してほしい」...[記事全文

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【履された備え6】初訓練 シナリオ通り 住民は直接参加せず

県原子力防災訓練で行われたスクリーニング=平成22年11月、県提供
 大熊町の県原子力センターに設けられたモニター画面の前に、県外からの視察者が集まった。昭和58年11月30日。本県初の原子力防災訓練の様子がリアルタイムで画面に映し出された。  わが国で行われた総合的な原子力防災訓練としては、茨城県に次いで2番目だっ...[記事全文

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【覆された備え5】防災計画策定手探り 国の指針超えられず

 3月末に県を退職した鈴木義仁(59)は「かつて手掛けた仕事をどう受け止めるべきか」に思いを巡らす。  三十数年前に原子力防災に関わった。そして、退職前の1年間は、農林水産部長として東京電力福島第一原発事故による農林水産業の被害対策に追われた。 ■素...[記事全文

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【覆された備え4】学校シェルター浮上 核燃税活用立ち消え

昭和60年発刊の「大熊町史」に掲載された大熊中の建物。2年後、県は双葉郡内の学校施設の「シェルター化」を検討した
 県は東京電力から支払われる核燃料税の税率や使い道を5年に1度、見直した。昭和62年、県税務課が中心になって、3期目の課税期間に向けた準備を進めた。その検討の中で、ある職員が放射性物質から住民を守るアイデアを思い付く。  原子力発電所が立地する双葉郡...[記事全文

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【覆された備え3】県、事故報告見合わせ 手薄だった緊急時対策

放射性廃液の漏出事故の原因となったバルブ=県原子力安全行政10周年記念誌より
 昭和48年、東京電力福島第一原子力発電所で放射性廃液の漏出事故が起きた時、県議会は6月定例会の会期中だった。  県は発生から4時間後の6月25日午後8時半ごろに東電から事故の連絡を受けていた。翌26日の本会議は、社会党の渡辺岑忠(みねただ)=郡山市...[記事全文

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【覆された備え2】廃液漏れ通報遅れる 「蚊帳の外」大熊町怒り

昭和48年、放射性廃液漏れ事故が起きた建屋=県原子力安全行政10周年記念誌より
 「炉心には放射能と言う怪物が充満しておる事実は覆い隠す術はない」  昭和57年、大熊町長の遠藤正は、原子力発電所が抱える危うさを、人間にとってうかがい知れない怪物のような存在に例えた。「県原子力安全行政10周年記念誌」に掲載されたあいさつ文の一節...[記事全文

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