東日本大震災

「3.11大震災・福島と原発」アーカイブ

【覆された備え1】シェルター構想幻に 安全信じ議論されず

国の現地事務所の開所式に臨む遠藤氏(右から2人目)。住民を守るための壮大な構想を描いた=昭和55年撮影、県原子力安全行政10周年記念誌より
 大熊町副町長の鈴木茂(63)は4月上旬、会津若松市にある町役場会津若松出張所の一室で、1冊の本を食い入るように見つめた。「こんな壮大な考えを持っていたとは...」。視線の先にあるのは、元町長の遠藤正が昭和57年にしたためた一文だった。  「阿武隈山...[記事全文

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【専門家集団の模索5】危機管理の不備指摘 「学会改革」自省の声

日本原子力学会の年会で意見を交わす研究者。原発事故から1年が過ぎ、検証作業は正念場に入る=19日、福井市
 原子力の専門家とされる技術者にとって聞き慣れない言葉だった。「エリート パニック」。主に災害社会学の分野で使われ、原子力と関わりの深い工学や理学などの系統とは縁の遠い考え方だった。  福井市で開かれた日本原子力学会「春の年会」最終日の21日、学会の...[記事全文

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【専門家集団の模索4】効果的な除染「限界」 新技術確立は長期化

JAEAは除染モデル実証事業で効果を検証している。新技術の確立には至っていないのが実情だ=昨年12月13日、伊達市
 「福島県内の汚れている場所を全て除染することはできない」「全体を年間1ミリシーベルト以下にすることは非常に困難」  日本原子力学会「春の年会」初日の19日、東京電力福島第一原発事故をテーマにした特別シンポジウムで、日本原子力研究開発機構(JAEA...[記事全文

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【専門家集団の模索3】事故原因 進まぬ特定 判断材料 依然乏しく

東電の事故対応を報告した特別シンポジウム。参加者から疑問や指摘が相次いだ=19日、福井市
 「福島第一原発で地震による初期の損傷はなかったと考えている」  日本原子力学会「春の年会」初日の19日、東京電力福島第一原発事故をテーマにした特別シンポジウムで、東電の原子力・立地本部の幹部ら4人が報告した。地震の直後に押し寄せた津波を事故の主たる...[記事全文

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【専門家集団の模索2】支援やっと緒に就く 求められる事故解明

「年会」の会場には新技術の研究成果を展示した。本県復興の前提となる除染技術の開発は発展途上だ=21日、福井市
 放射性物質で汚れた環境修復の技術指導、放射線知識の普及...。日本原子力学会は19日から福井市で開いた「春の年会」で、本県復興への支援を強化する方針を打ち出した。「福島プロジェクト」と名付けられ、その取り組みは24年度に始まる。  副会長の沢田隆は...[記事全文

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【専門家集団の模索1】「ムラ」の議論を反省 不足した情報発信力

日本原子力学会の「年会」には全国から会員が集まった。原発事故の課題が山積する中で模索は続く=19日、福井市
 「想定を超える事態への対応に考えが及んでいなかった」。日本原子力学会の会長を務める東大大学院教授の田中知は、東京電力福島第一原発事故の厳しい現実を前に、専門家集団のトップとして深い自責の念を抱く。  「学会は今まで何をしていたのか」。1年前の事故以...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩20】「守り抜く」約束ほご 業務の対象次々拡大

オフサイトセンターの代替施設となっている県庁の正庁。住民支援班などが新設された
 県の防災対策に関わった県職員の1人は、同僚から聞かされた話に耳を疑った。「大熊町のオフサイトセンターが県庁内に移っている」  東日本大震災が発生してから2週間余りが過ぎた昨年3月下旬。東京電力福島第一原発事故はまだまだ予断を許さない段階だった。  ...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩19】見過ごされた「警鐘」 訓練、反省生かされず

東電福島第一原発事故の4カ月前に行われた県原子力防災訓練。避難した住民に対するスクリーニング=双葉町体育館
 東京電力福島第一原発事故が起きた平成23年3月、県は1冊の報告書をまとめていた。A4判で、310ページ余り。事故から4カ月前の22年11月、大熊町のオフサイトセンターを中心に行われた県原子力防災訓練を記録している。  想定した事故のシナリオをはじめ...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩18】建設、運営で擦れ違い 県、国話し合い少なく

オフサイトセンターの開所で、施設や設備を確かめる各機関からの出席者=平成14年4月1日
 「原子力災害が発生した場合に『緊急事態応急対策拠点施設』として使用することを目的として、福島県と国が協力して整備したものです」  県が作成した大熊町のオフサイトセンターのパンフレットには、県と国が一体的にセンターを整備し、事故に対応する考え方を盛...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩17】国の性急さに戸惑う 県に要望の余地なし

平成13年4月に行われたオフサイトセンター建設工事の安全祈願祭。完成時期などをめぐり県と国の交渉は難航した
 「1年間で完成させてほしい」  「そんな短期間で完成させるのは難しい」  平成12年4月。県消防防災課の災害対策係主査に着任した菊地英喜(49)は国の要請に困惑した。  茨城県東海村のジェー・シー・オー(JCO)臨界事故の発生から半年ほどが過ぎてい...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩16】国、10キロ圏内を指示 重大事故「心配ない」

「半径3キロ避難」「10キロ退避」と記されたオフサイトセンターの地図。東電福島第一原発を中心に複数の同心円が書き込まれた
 原子力災害対策拠点・オフサイトセンターの設置場所の絞り込みに当たって、国から立地地域への最大の指示は「原発から10キロ圏内」だった。  建設準備が始まった平成12年ごろ、国は原発などの原子力施設が立地する道県の担当者を東京に集め、会議を繰り返した...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩15】場所選び、地元任せ 手狭な敷地に建設

 空間線量の測定などに当たる大熊町の県原子力センター。隣接するオフサイトセンターと一体となって原発事故に対応した
 対岸の火事で済まされる事故ではなかった。平成11年9月30日、茨城県東海村のジェー・シー・オー(JCO)東海事業所で臨界事故が発生した。  「本県で同じような事故が起きる可能性はないのか」。県幹部が担当部署に次々と指示を出した。事故直後から担当者会...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩14】中間報告、甘さ指摘 連絡や対応 検証続く

通信機器やパソコンが置かれたオフサイトセンターの全体会議エリア=2日
 政府の原子力災害現地対策本部長を務めた衆院議員の池田元久は先月、厚生労働省の幹部を議員会館の自室に呼び出した。  昨年9月、衆院厚生労働委員長に就き、東京電力福島第一原発事故に伴う除染や食品安全の基準値づくり、被災者の就職対策などに関わっている。前...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩13】現地復帰求める声も 国、当面は県庁で対応

小沢氏が昨年5月下旬に訪ねたときのオフサイトセンターの入り口付近。段ボールやビニールが散乱していた
 玄関での問い掛けに返答はなかった。昨年5月下旬、大熊町のオフサイトセンターに県議、小沢隆の声だけが響いた。東京電力福島第一原発事故の政府現地対策本部がオフサイトセンターから県庁に移って2カ月余りが過ぎていた。  小沢は会津坂下町が地元で、平成7年の...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩12】真夜中 突然「県庁へ」 震災から5日で撤退

 県庁本庁舎5階にある政府の現地対策本部。本来ならば、大熊町のオフサイトセンターで活動を続けるはずだった=7日
 県施設管理課長の黒田啓一は県庁から郡山市の自宅に帰るため、車を運転していた。震災発生から4日目の昨年3月14日から15日に差し掛かる真夜中だった。携帯電話が鳴り、車を止めた。部下の声だった。「県庁に戻ってほしい、と総務部長から連絡が入っています」。...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩11】発生翌日「移転」の声 代替の南相馬、断念

オフサイトセンターの代替施設とされた県南相馬合同庁舎の会議室。地震で被災した天井の修復工事が行われている
 大熊町に設けられた原子力災害対策拠点・オフサイトセンターは窮地に追い込まれた。一般電話回線の不通や食料不足などに加え、東京電力福島第一原発の相次ぐ爆発などによって、センター内外の放射線量が急速に高まった。  「事故発生翌日の3月12日ごろからセン...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩10】抜け落ちた換気対策 ソフト面の改善優先

2日、報道陣に公開された大熊町のオフサイトセンター。鉄筋コンクリートの建物に目立った被害は見当たらないが、施設内での被ばくを低減できる換気設備がなかった
 「今になってみれば、オフサイトセンターにフィルターを設置していなかったのは痛恨だった。対処していれば、もう少し持ちこたえられたかもしれない」。経済産業省原子力安全・保安院の原子力発電検査課長、山本哲也は悔恨の言葉を口にした。  山本は震災発生後、大...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩9】屋内でも防護服着用 施設改善 勧告生きず

池田氏が書き留めたメモ。福島第一原発2号機の事故進展予測が記されている
 東京電力の担当者の報告は最悪の展開を予測させた。「ついに来るものが来た」。大熊町のオフサイトセンターで、政府の現地対策本部長で経済産業副大臣の池田元久は感じた。震災発生から4日目、昨年3月14日の夕方だった。  池田がその時に書き留めたメモが残って...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩8】続く爆発 高まる緊張 屋内外の線量 急上昇

オフサイトセンター内に残っているホワイトボードのメモ。1号機から4号機のプラントの状況などが記されている=2日
 震災発生から一夜明けた昨年3月12日朝、大熊町のオフサイトセンター内で、政府や県、東京電力などの関係者は緊迫した雰囲気の中で対応に追われた。原子炉は停止したが、燃料は熱を放ち続けている。炉心溶融などの最悪の事態を招かないためには、冷却用の注水が急務...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩7】食料、水備蓄わずか 肉体、精神とも限界に

震災後、1年近くが過ぎてもオフサイトセンターに残されている飲みかけの飲料水=2日
 原発事故の政府現地対策本部が置かれた大熊町のオフサイトセンターにカレーのにおいが漂った。本部に詰めた政府関係者は、食欲が湧かなかった。「好みを言ってはいけない状況だったが、またカレーか、という思いが一瞬、よぎった」  センターが県庁に移るまでの5日...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩6】菅氏の怒鳴り声響く「総理 落ち着かせろ」

福島第一原発で、東京電力幹部(右側)らから説明を受ける菅首相(左から2人目)=昨年3月12日午前(内閣広報室提供)
 停電が続いた大熊町のオフサイトセンターに明かりが戻った。国や県の現地対策スタッフは間借りしていた隣の県原子力センターから次々に移動した。昨年3月12日午前3時17分。震災発生から半日がたっていた。  経済産業省原子力安全・保安院で原子力発電検査課長...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩5】県の避難誘導「限界」 情報、連絡手段乏しく

避難指示に緊張が走る富岡町災害対策本部。このころオフサイトセンターは市町村との連絡が取れにくくなっていた=昨年3月12日午前6時すぎ、学びの森
 南相馬市の県合同庁舎にある県相双地方振興局に、地震や津波の甚大な被害状況が入りだした。昨年3月11日午後9時ごろ。震災発生から約6時間が過ぎていた。  「大熊町のオフサイトセンターに行って、住民安全班の責任者をやってくれないか」。県民環境部副部長の...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩4】線量データ入らず 職員自ら車で測定

 停電、電話の不通...。大熊町にある県原子力センターの所長、板垣繁幸は昨年3月11日から「まさか、まさかの連続」に追い立てられた。  東京電力福島第一原発事故に対応する政府の現地対策本部・オフサイトセンターで、板垣は放射線班副責任者を務めていた。...[記事全文

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【「全線基地」の苦悩3】電話不通 情報足りず 衛星回線にも不安

オフサイトセンターで行われた活動訓練。国や各自治体への電話連絡方法も確認した=平成22年10月
 政府の原子力災害現地対策本部長、池田元久は、東京にいる経済産業大臣の海江田万里と連絡を取ろうとした。だが、電話はなかなかつながらない。  池田は昨年3月12日午前零時前、政府の現地対策本部が置かれた大熊町のオフサイトセンターに到着した。震災発生から...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩2】電源復旧大幅遅れ 暗闇で手探りの作業

オフサイトセンター1階にある非常用発電機室。手探りでの復旧が続いた(県のパンフレットより)
 昨年3月11日。原子力安全・保安院の職員、横田一磨は大熊町の東京電力福島第一原発の研修棟にいた。福島第一原子力保安検査官事務所長として、四半期に1度開かれる保安検査会議に出席していた。会議の合間に休憩を取っていた時、震度6強の激しい揺れに襲われた。...[記事全文

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【「前線基地」の苦悩1】現地到着 手間取る 混乱の中 初動対応

航空自衛隊大滝根山分屯基地に到着した池田氏(中央)=平成23年3月11日午後10時すぎ
 阿武隈山系の静けさに回転翼の音がとどろく。大型輸送ヘリコプター「CH-47」が漆黒の夜空から着陸体勢に入った。  川内村と田村市にまたがる航空自衛隊大滝根山分屯基地。頂の標高は1、192メートル。周囲は雪に覆われ、ヘリコプターから降りた数人を凍える...[記事全文

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【振興への駆け引き11】繰り返された「寄付」 地域自立への道 続く

富岡町の夏の風物詩となっていた「富岡夏まつり」。協賛企業には東電も含まれていた
 東京電力福島第一原発事故から数カ月が過ぎた昨年夏。富岡町観光協会の幹部(60)は葬儀の席で、知り合いを見掛けた。富岡、楢葉両町に立地する福島第二原発に、かつて勤務していた東電社員だった。  県内の避難所で、謝罪に訪れた東電社長に土下座を要求する避難...[記事全文

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【振興への駆け引き10】困った時の東電頼み 未来博、世界大会...

県庁内の現地対策本部を訪れた財務相在任中の野田首相。入居する本庁舎建築の際には東電からの寄付があったとされる=23年4月
 「東北電力さんと同じ額ではない金額で、お願いしたい」  平成10年、うつくしま未来博の開催を3年後に控え、県は出展企業や協賛を募る作業を本格化させていた。当時、未来博準備の事務局に勤務していた元県職員は東京電力本店に出向き、協力を申し入れた。「同...[記事全文

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【振興への駆け引き9】東電、財団通じ寄付 直接の関係を避ける

郡山市ふれあい科学館が入居するJR郡山駅前のビッグアイ。科学館の整備費の一部には間接的に東電からの寄付を充てた
 「準備していたのに、おかしいじゃないか」  平成6年、郡山市役所の一室で市幹部は不快感を示した。東京電力が以前から市内に建設を申し出ていたドーム付きサッカー施設の計画が突然、中止された。  東電の担当者は「ご迷惑をお掛けしました」と、ただただ謝るば...[記事全文

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【振興への駆け引き8】施設寄付と増設は別 県、「見返り」に懸念

中川副知事にJヴィレッジの寄付申し込み書を手渡す東電の小木曽常務(左から2人目)=平成9年6月10日、県庁
 福島第一原発(大熊町・双葉町)に2基、広野火発(広野町)に2基を増設する-。平成6年8月、東京電力は、サッカー施設の寄付を県に申し出ると同時に、発電所の増設計画を公表した。  伸び続ける首都圏の電力需要を賄うために、東電にとって発電所の出力増強は欠...[記事全文

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【振興への駆け引き7】Jヴィレッジ建設申し出 増設の調査と同時に

東京電力福島第一原発事故の復旧作業の前線基地となっているJヴィレッジ。芝の上に砂利が敷かれ、駐車場などに使っている
 楢葉、広野両町にまたがるサッカー施設・Jヴィレッジは、東京電力福島第一原発事故以降、原発復旧作業の前線基地に変わった。一流選手がプレーしたピッチは芝の上に砂利が敷かれ、駐車場などに使われている。日本を代表するスポーツ施設の面影は今はない。 ■秘密会...[記事全文

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【振興への駆け引き6】資産評価 税収を左右 事故の影響 見通せず

 大熊町は平成23年度、原発事故前の評価を基に東京電力に原発の固定資産税を課した。しかし、24年度以降の課税では新たな問題を突き付けられている。  東京電力福島第一原発は、発電設備6基のうち、1号機から4号機までの建屋や発電設備などが激しく壊れている...[記事全文

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【振興への駆け引き5】課税免除 原発は例外 復興に欠かせぬ財源

東京電力福島第一原子力発電所3号機の原子炉に搬入される炉心隔壁(シュラウド)。設備が増える分、町に入る固定資産税が増えた=平成10年2月
 昨年開かれた大熊町の9月定例議会で、1つの条例案が可決された。町内の企業の設備などで一定の要件を満たした「償却資産」について、固定資産税を徴収しないことを盛り込んだ。  東京電力福島第一原発事故で町内全域が警戒区域に指定され、避難した住民や企業は...[記事全文

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【振興への駆け引き4】新課税で減収の危機 県、全国と連携し阻止

 「新たな要望の準備を進めなくては...」。平成15年夏、県税務企画グループ参事を務めていた笠原久雄(60)=福島市=は対応を急いだ。  経済産業省が総務省に「ある提案」を出した、との情報が入ったからだ。県税収入が大幅に減る内容で、県にとって見過ごす...[記事全文

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【振興への駆け引き3】安定税収「堅持を」 「脱原発」後も要請

松下忠洋経産副大臣に復興事業や政府予算の編成について要望する佐藤知事(右)=昨年7月
 知事佐藤雄平(64)は昨年7月、東京・霞が関にある各省庁に出向いた。行く先々で、復興事業への予算付けを求め、併せて平成24年度の政府予算づくりに向けた本県の提案を伝えた。  数多い要望項目の中に、ある表現が盛り込まれていた。「法人事業税における電...[記事全文

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【振興への駆け引き2】優遇措置地域に定着 法制化実現残る不満

参院の委員会審議に臨む太田氏(前列右)。国会議員在任中、原発特措法の成立に力を注いだ
 元参院議員太田豊秋(76)が暮らす南相馬市は、東京電力福島第一原発事故による警戒区域や計画的避難区域を抱え、多くの住民が避難生活を送る。  市内原町区にある自宅は約4カ月前まで緊急時避難準備区域だった。今も避難したままの住民も目立つ。「もっと安全対...[記事全文

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【振興への駆け引き1】県、国に特措法提言 豊かさの裏付けを

建設中の東京電力福島第二原発1、2号機。県は建設終了後も立地の恩恵が続く仕組みを求め続けた=昭和56年作成の県の要望資料より
 建屋が爆発し、煙が上がる。避難する住民の車が阿武隈山系の狭い道路を埋め尽くす-。東京電力福島第一原発の事故直後、福島市の元県職員佐藤家治(76)は、新聞やテレビで報じられる光景を信じられない思いで見詰め続けた。  「安全に対する国の関わりがもっと明...[記事全文

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【攻防 電力マネー11】地元配分に募る不満 県とせめぎ合い続く

核燃料税の地元配分増を県に要望する双葉地方の町村長ら=平成10年
 「原発の補助金をもう少し回してくれないか」。昭和62年、市町村行政の担当窓口を務めていた県幹部は、東京電力福島第二原発が立地する富岡町の町長、関本英勇から相談を持ち掛けられた。  県は東電から入る核燃料税の一部を、双葉郡を含む周辺10市町村や、双葉...[記事全文

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【攻防 電力マネー10】 東電との協議平行線 トラブル隠しで一転

片山総務大臣から税率引き上げ同意の通知を受ける佐藤栄佐久知事(右)=平成14年9月27日
 県税務課の関係者しか見ることのできない門外不出の報告書がある。題名は「核燃料税バトルの軌跡」。平成14年、税の大幅な引き上げを目指す県は、東京電力、電力業界、経済界などを相手に激しい攻防を繰り広げた。報告書には、その軌跡がA4判の100ページ近くに...[記事全文

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【攻防 電力マネー9】 税率大幅引き上げへ 東電との対立激しく

県の地方税制等検討会。核燃料税率の大幅引き上げなどを協議した=平成14年
 「核燃料税の税率を7%から10%に上げたい」。平成13年1月、県税務課の担当者が県上層部に報告した。1年10カ月後に予定された核燃料税の更新に向け、税率引き上げが大きな焦点となっていた。同じ原発立地県の福井県が7%から10%に上げる動きを見せ、本県...[記事全文

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【攻防 電力マネー8】税収に合う事業捻出 核燃税 使途に不満も

 県庁の一室で県職員が向き合い、机の上には東京電力の原発が立地する双葉郡の地図が広げてあった。  「まだ足りない。ここに道路をもう1本造れませんか」。当時、税務課員だった中井重幸(61)=県文化振興事業団事務局長、福島市=の提案で、土木部の担当者が新...[記事全文

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【攻防 電力マネー7】新税導入、国は抵抗 県歳入の大きな柱に

核燃料を原子炉に入れる作業。核燃料税はこの段階で課される(東京電力提供)
 「核燃料税は福井県だけの特例です」。福島市の元県職員平原正道(76)は、税務課長補佐だった昭和51年春ごろ、東京・霞が関の自治省(現総務省)で、担当者からこう告げられた。全国で初めて核燃料税を導入した福井県に続こうと、相談に訪れていた。  核燃料税...[記事全文

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【攻防 電力マネー6】 新たな税収を模索 県の台所事情厳しく

核燃料税導入時に作成した資料の写しを手にする早川氏
 福島市の元県職員早川範雄(79)は、ある書類を30年以上にわたって大切に保管している。県が核燃料税を創設するに当たって、自治省(現総務省)などに説明した資料の写しだ。作成は昭和52年。東京電力福島第一原発は1号機から3号機までが営業運転を始めていた...[記事全文

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【攻防 電力マネー5】国と地方思惑合致 「脱原発」受け岐路に

東北電力浪江・小高原発の建設予定地周辺。浪江町、南相馬市は立地を前提にした交付金の申請を見送った
 「定められた目的に沿っていなければ、交付金は認められない」  「発電所が立地する地域の振興のためだ。分かってほしい」  東京・霞が関にある経済産業省資源エネルギー庁の一室。平成14年、県電源地域振興グループリーダー渡辺日出夫(62)=福島市=は...[記事全文

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【攻防 電力マネー4】「箱もの」建設推進 代替財源見つからず

3月12日朝、富岡町の「学びの森」から避難する町民。施設整備には原発立地の交付金などが使われていた
 昭和50年代、富岡、楢葉両町に立地する東京電力福島第二原発の建設工事が本格化した。「公共施設の建設が続き、工事の音がやむことはなかった」。富岡町の元職員、白土正一(62)は振り返る。  総合体育館、合宿センター、道路、学校、水道...。主な財源は電...[記事全文

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【攻防 電力マネー3】地方は「交付金依存」 国、立地へ使途拡大

備品整備などに交付金が使われたビッグパレットふくしま。交付金の使い道は当初、産業振興などに限られた
 経済産業省資源エネルギー庁に、全国の自治体から問い合わせが相次ぐ。東京電力福島第一原発事故によって、電源三法交付金の見通しを懸念する声だ。  同庁が試算したモデルケースによると、原発一基を新設した場合、自治体に交付される金額は、計画段階から運転期間...[記事全文

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【攻防 電力マネー2】首相に交付金 熱望 立地当時、恩恵求め

 昭和47年秋、東京・目白にある邸宅の前で1台の車が止まった。降り立ったのは知事、木村守江。邸宅の主は、この夏、首相に就いたばかりの田中角栄だった。木村は原発立地の県や市町村を支援する交付金の創設を要望した。  「俺の所にも原発ができる。地元にお金を...[記事全文

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【攻防 電力マネー1】全廃炉で財政危機 自治体、収入源探る

原発廃炉の財政的な影響が示された県幹部による会議。大幅な減収が見込まれ、危機感が募る=11月22日、県庁
 「大変な額だ。県や市町村の財政は大丈夫なのか」。配られた内部資料を前に県幹部は危機感を抱いた。11月22日、県の三役と部長らによる会議。原発の廃炉に向けた課題の洗い出しがテーマの1つだった。  資料には、発電所の立地に伴い、1年間に県や市町村にもた...[記事全文

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【立地の遺伝子11】「電源地域」の未来は 厳しい再生の道のり

原発に関する記述の削除を協議した県総合計画審議会の会合。本格的な見直し作業が年明けから始まる=11月16日、福島市
 「原発は地域振興に貢献してきた。原発に依存しない代わりに、何をしていくかを考えなくてはならない」。県商工会連合会長の田子正太郎(73)は11月の県総合計画審議会で注文を付けた。  県は震災と原発事故を受け、審議会に県総合計画「いきいき ふくしま創...[記事全文

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【立地の遺伝子10】大風呂敷の青写真 県、発展へ頼り続ける

衣替えしながら策定されてきた総合計画。原発立地による地域振興は柱であり続けた
 知事佐藤雄平(63)は30日昼前、県庁で来客を待った。県内の原発全ての廃炉を表明する記者会見が約2時間後に迫っていた。  相手は県総合計画審議会の正副会長。佐藤が受け取った答申は、県政運営の道筋を示す県総合計画「いきいき ふくしま創造プラン」(平成...[記事全文

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【立地の遺伝子9】増設の必要性訴え 脱原発に複雑な思い

 元参院議員佐藤静雄(80)=福島市=は突然の申し出に驚きを隠せなかった。昭和60年、原発立地の窓口である県企画調整部長を務めていた。  「東京電力に連れて行ってほしい」。依頼主は東電福島第一原発5、6号機が立地している双葉町の町長、岩本忠夫。昭和4...[記事全文

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【立地の遺伝子8】 地域振興支えたが 事故の大きさに絶句

全国で初めて開かれた原発設置の公聴会。県内外の大きな注目を集めた=昭和48年9月、福島市
 3月11日。元参院議員、佐藤静雄(80)=福島市=は東京で開かれた退職公務員連盟の会合を終え、JR東北新幹線に乗っていた。福島駅のホームに降りた瞬間、足元が波打った。ひっくり返り、起き上がることができなかった。揺れが収まるまでの5分間が異様なまでに...[記事全文

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【立地の遺伝子7】高給の仕事、視察旅行 活況が「不信」消す

福島第二原発が建設される前の現地は海岸沿いに断崖が続いた(東京電力提供)
「東電に口を利いてくれないか」  昭和45年春から東京電力福島第二原発の用地買収が始まった。現地で交渉に関わった元県職員、小林輝男(85)=福島市=は、地権者会から、住民の仕事探しを頼まれる機会が徐々に増えたことを覚えている。  既に第一原発の建設工...[記事全文

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【立地の遺伝子6】住民反対で難航 「恐ろしい」地元に不安

 福島市の元県職員、小林輝男(85)の自宅居間に1枚の感謝状が飾られている。  「あなたは地権者の要望をよく理解され、達成のために協力されました。立場を離れた人間相互の信頼が全ての問題解決の原点であることを知りました」。贈り主は富岡楢葉原発地権者連合...[記事全文

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【立地の遺伝子5】用地買収に実動部隊 公社、県出向者が大半

 県の災害対策本部が置かれた県自治会館には連日、国や県、東京電力などの関係者が慌ただしく出入りする。会館には県の外郭団体や、手狭な県庁から移った部署が間借りしている。6階の一室に置かれた県土地開発公社の事務室。常勤の役職員が3人いるだけで、災害対策本...[記事全文

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【立地の遺伝子4】増設、大丈夫か 安全の誓いむなしく

陸揚げされる福島第一原発1号機の原子炉。昭和46年3月に営業運転を開始した
 「原発は県土開発促進に大きな力を加える。誠に喜びに堪えない。一層、建設事業に協力してまいりたい」。昭和39年12月8日、定例県議会初日の本会議。知事木村守江は東京電力が正式に発表した福島第一原発の建設計画を報告した。  前知事佐藤善一郎の急逝を受け...[記事全文

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【立地の遺伝子3】建設へ知事画策 政治生命懸けたが...

 東京電力福島第一原発事故をめぐるニュースが連日、続く。福島市の元県職員(85)は秘書として身近で仕えた知事、佐藤善一郎の最期を思い浮かべた。  「亡くなる直前まで原発を気に掛けていた。知事の悲願だった。なぜ、こんなことが起きてしまったのか」。原発...[記事全文

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【立地の遺伝子2】経営陣と二人三脚 国策 郷里で実現へ

 「天野先生以外に誰の後援会長も引き受けるつもりはない」。昭和47年春、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで開かれた衆院議員天野光晴(旧本県1区)の在京後援会の総会。初代会長を務める東京電力会長、木川田一隆は言い切った。  木川田は天野の選挙区内...[記事全文

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【立地の遺伝子1】「東電誘致 生きる糧」 天野氏の夢今は幻

 木枯らしが舞う中に、子どもたちの姿はない。例年であれば、寒さを気に掛けない元気な声が響く。福島市郊外にある保育所「さゆりこども園」。今は東京電力福島第一原発事故による放射性物質を考慮し、屋外活動を控えている。  県内外に自主避難する園児の家族が相次...[記事全文

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【共生の功罪10】発展 支えた自負 立地地域 苦悩続く

 地震から一夜明けた3月12日午前6時前。町役場で朝を迎えた大熊町長、渡辺利綱(64)に電話が入った。声の主は首相補佐官の細野豪志(現原発事故担当相)。原発から半径10キロ圏内の住民に対する避難指示が出された。  町民約1万1千人は、バスや自家用車で...[記事全文

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【共生の功罪9】機能不全に無力感 早期の収束誓う

 3月11日の地震発生から約9時間後。時計の針は12日午前0時に近づいていた。  県原子力安全対策課長、小山吉弘(59)は自ら車を運転し、真夜中の大熊町に到着した。東京電力福島第一原発から5キロほど離れた国のオフサイトセンター。建物の中は真っ暗だった...[記事全文

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【共生の功罪8】恩恵 町民に還元 除染、雇用を懸念

 震災と原発事故で大熊町民の4割弱に当たる約4300人が会津若松市周辺で暮らす。「これ、間違ってるよ」。仮設住宅に入った町民が上下水道の請求書を見て、慌てて検針員を追い掛けた。町内の自宅で支払っていた金額に比べ倍以上だった。検針員にミスはない。理由は...[記事全文

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【共生の功罪7】地域の変貌に喜び 古里の将来見えず

 前大熊町長の志賀秀朗(80)は今月9日、傘寿を迎えた。避難先のいわき市のアパートには、県内外から息子・娘夫婦と孫の合わせて30人近くが顔をそろえた。  町を離れて7カ月余り。あらん限りの情熱で発展へと導いた古里の行く先は、いまだに見えない。「政府の...[記事全文

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【共生の功罪6】税金、交付金で潤う 現実前にして困惑

 「町職員としての最初と最後を比べたら、天と地の差がある」。元大熊町職員、黒木和美(76)は人生を顧みる。2つの村が合併した大熊町の誕生間もない昭和31年から40年近くにわたり町政に関わった。  入庁時、役場庁舎は木造2階建てだった。職員はわずか17...[記事全文

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【共生の功罪5】受け入れ準備奔走 用地交渉難航せず

 昭和37年に大熊町長に就いた志賀秀正は、町内への原子力発電所の立地が最終決定すると、受け入れ準備に奔走した。  東京電力の社宅用地買収の際の出来事だ。夜が明けて間もなく、地権者が部屋のカーテンを開けると、外にがっちりとした体格の男が立っている。「町...[記事全文

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【共生の功罪4】建設、運転で町発展 雇用、経済依存増す

 昭和38年、東京電力は大熊町の常磐線大野駅前の民家に仮事務所を設けた。原子力発電所建設に向けた土木調査などが目的で、東電社員ら十数人が詰めた。  「部屋に上がって一緒に飲もう」。商店街で魚屋を営む川井利治(77)が晩酌用の刺し身を届けると声が掛かっ...[記事全文

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【共生の功罪3】強い期待 誘致実現

 「長者が原」と呼ばれる原野に足を踏み入れると、人の背丈よりも高い草木に囲まれ、しばしば方角が分からなくなった。昭和30年代半ば、大熊町職員だった山岸三夫(74)は、うっそうとした松林の中を手探りで測量に当たった。「何のための仕事だろうか」  町土木...[記事全文

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【共生の功罪2】出稼ぎ脱却したい 求めた豊かな古里

 大熊町教育長の武内敏英(67)は、子どものころを思い出すたびに切なくなる。「毎年秋になると寂しかったな」  昭和30年前後。中学校や高校を卒業した若者が町内で選べる就職先は役場、農協、郵便局などに限られていた。  農家の働き手は冬から翌年の春にかけ...[記事全文

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【共生の功罪1】地域の「夢」破れる 運転40年 自立を模索中

 「政府の動きはとにかく遅い。これじゃ、いつまでたっても町に帰れねえよ」  15日、千葉市民会館で開かれた大熊町の町政懇談会。町長の渡辺利綱(64)は、焦りやいら立ちの声をじっと聞くしかなかった。 ■4割が県外避難  東京電力福島第一原発事故で県外に...[記事全文

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