ふくしま復興大使・ふくしまからのメッセージ

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優秀作品紹介6 【一般部門】 福島に来て良かったと言えるように 清水薫さん 33 (須賀川市、主婦)

 私たち家族は住んでいた仙台市で東日本大震災に遭いました。幸い被害を受けることはありませんでしたが、一カ月後に福島県へ転勤が決まっていました。
 当時、一歳の子とおなかに赤ちゃんがいました。運が悪いとしか言いようがなく、先行き不安の中、福島県に来る運命を受け入れました。子供の健康への影響が何より怖く、多くの情報に翻弄されました。10年後、20年後に発症するかもしれない病気、その時に後悔してはいけない責任、それに対して福島県に住むべきか答えが出せないもどかしさ。
 かつての日本で間違えた知識により、原爆の被害に遭った人とは結婚するなと言われたと聞きます。わが子も心無い差別に困るのではないかという心配もあり、決断に複雑な思いが入り混じっていました。ただ一つ答えを出せることは、家族がバラバラに暮らす心細さを味わいたくないこと。あの大きな地震の日から、家族がそばにいて安否が確認できることが何より大切であると分かりました。
 福島県に引っ越して1年が過ぎました。放射能汚染とは何だろうとばかりに、須賀川市の田畑、山や川、歴史や祭りの美しく、素晴らしいこと。尊く感じれば感じるほど悔しさが込み上げます。代々苦労して作り上げた立派な田畑が多いのです。米や野菜、果物、そして電気のおかげで、他県にいた私たちも幸せに暮らすことができたのだと、あらためて考えさせられました。
 被ばく地帯だからと簡単に捨てられないことを住んで痛感し、恐怖と闘いながら残らざるを得ない人がいることも理解しました。
 里帰りをせず娘を福島県で産みました。娘の出身地は福島県です。胸を張って「2011年生まれ福島県育ち」と言える子供たちの未来と健康をつくり上げなくてはいけないと思います。
 未来の福島県の空気、水、土の早期再生を研究・開発し、実行してくれる健康で頼もしい子供たちを育てていく。それが福島県に住み復興に参加していく私たち親の使命であると感じました。将来、福島県に来て良かったと言えるように努力したい。

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