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ことばの部屋(81) ビール 多様なのどごし表現

 真夏のビールは格別だ。1日の仕事の汗をシャワーで流し、冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えたビールを慎重にグラスに注ぐ。こぼれそうでこぼれないクリーミーな泡が張れば完璧だ。グラスに口をつけ、最初のひと口がのどを流れる瞬間は、どう表現すればいいのだろう。「何とも言えない」とは、まさにこのことだ。

 ビールを飲むシーンが出てくる漫画で、飲んでいるときの音がどう表現されているかを調べてみた。久住昌之や柳沢きみお、石ノ森章太郎らの作品には、「ゴクゴク」「ゴキュゴキュ」「ぐび~」「ぐぴっ」「ギュクギュク」「んごんご」など、12種類の表現があった。新久千映の『ワカコ酒』には、「こくっこくっ」「こきゅこきゅ」「こぴこぴ」「ぐびぐび」「ぐっぐ」「ぐぴょ」などのほかに、「んぐっ」「んごっ」「んごきゅ」「んっんっ」などの「ん」で始まるものも含め19種類の表現があった。ラズウェル細木の『酒のほそ道』をざっと見ると、「ゴッゴッ」と「グビグビ」が目立つ。こうしてみると漫画では、「ゴクゴク」と「グビグビ」が基本形になっているようである。

 ビールは、江戸時代にオランダから入ってきたもので、オランダ語「ビール(bier)」に由来する。オランダの商船使節団が徳川吉宗にビールを献上したというが、初めて口にした異国の飲み物を吉宗がおいしく感じたかどうかは不明だ。当時の幕府の通訳官であった今村英生は『和蘭問答』(1724年)に、初めて飲んだビールの感想を、「疎外悪しき物」「何の味わいもない」と記している。当時のビールは日本人の口に合わなかったのかもしれない。明治時代になると英語「ビア(beer)」が入ってきて、「ビア」や「ビヤー」とも呼ばれたが、オランダ語「ビール」の勢力が圧倒的に強く、現在に至っている。語源的には、オランダ語「ビール」も英語「ビア」も、「飲む」という意味のラテン語「ビベーレ(bibere)」から来ている。ルーツは同じなのだ。

 吉宗が飲んだビールの味も気になるが、今のビールとは全く違うものだろう。最新の技術で研究を重ねている現代のビールは日々進化しており、どの銘柄を飲んでも、実にうまい。その味もまた、何とも言えないのである。(福島市、日本語学会会員・小林初夫)

■経歴
 こばやし・はつお 相馬郡小高町(現・南相馬市)生まれ。NHK方言監修者。宮城教育大学非常勤講師。福島県警察本部指定教養講師。著書(共著)に『全国方言一覧辞典』(学研)、『都道府県別全国方言辞典』(三省堂)、『調べてみよう暮らしのことば』(ゆまに書房)など。

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