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ことばの部屋(84) ぼた餅 牡丹に似ているから

 お彼岸にお墓参りをした人は多いだろう。花やぼた餅を供え、線香を上げて手を合わせる。昔からの習慣だ。お彼岸の中日は朝早くから祖母と母がぼた餅を作っていた。早く食べたかったが、仏様に上げるまではお預けだった。重箱に詰められていくぼた餅を、つばをのみ込みながら、じっと見ていたものである。

 ぼた餅は、もち米とうるちをまぜて炊き、軽くついて丸め、小豆あんなどをまぶしたもので、その形や色が牡丹(ぼたん)の花に似ているところから「ボタンモチ」と呼ばれるようになり、のちに「ン」が省略され「ボタモチ」となった。『物類称呼』(1775年)には「ぼた餅とは牡丹に似たるの名にして」とある。また、ぼた餅は「ハギノハナ」や「ハギノモチ」とも呼ばれていた。同じく『物類称呼』に「その制、煮たる小豆を粒のまま散らしかけたるものなれば、萩の花の咲き乱れるが如し」とある。ぼた餅は萩の花にも似ているというわけだ。この「ハギノモチ」の女房詞が「オハギ」である。花の季節に合わせ、春の彼岸は「ボタモチ」、秋の彼岸は「オハギ」と呼び分けているところもあるが、どちらも同じものである。

 ぼた餅で忘れられないのは、祖父から聞いた祖父の弟の話だ。海軍に召集された弟の面会に行った祖父は、差し入れにぼた餅を持参した。母親は早朝のまだ暗いうちから起きて、涙ぐみながらぼた餅を作っていたという。祖父がていねいに結んである風呂敷を開き、重箱のふたを開けると、弟はむさぼるようにかぶりつき、「んめえ、んめえ」と言って、涙ぐみながら食べていた。そんな弟に祖父は「帰ってきたら、まんた、んめえ(もっと、うまい)の、たらふぐ(腹いっぱい)食わせっかんな」と言葉をかけるのがやっとだったという。その数日後、弟は戦地に向かい、帰ってくることはなかった。しばらくして、軍から届いた骨箱に骨はなく、紙切れが1枚入っていただけだったという。

 墓石にはこう刻まれている。「昭和19年9月9日従大東亜戦争バシー海峡方面に於て戦死 24才」。祖父の弟は今も異国の海に眠っている。
(福島市、日本語学会会員・小林初夫)

■経歴
 こばやし・はつお 相馬郡小高町(現・南相馬市)生まれ。NHK方言監修者。宮城教育大学非常勤講師。福島県警察本部指定教養講師。著書(共著)に『全国方言一覧辞典』(学研)、『都道府県別全国方言辞典』(三省堂)、『調べてみよう暮らしのことば』(ゆまに書房)など。

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