【震災8年と憲法】条文を読み直す(5月3日)

2019/05/03 09:49

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 与野党による衆院憲法審査会は、憲法改正の賛否を問う国民投票時の政党CM規制について民放連幹部を九日に参考人招致する。きょう三日は、令和に改元されてから初の憲法記念日を迎える。条文をたどり、憲法の基本的な理念に思いを巡らす一日としよう。

 憲法二五条は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定める。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から八年がたった。災禍や貧困などで、憲法が掲げる理想の恩恵を受けられない人が多い現実を正面から受け止め、対策を講じる必要がある。

 県によると、震災と原発事故による今年一月末現在の福島県の避難者は、県外が三万二千七百六十八人、県内が九千三百二十三人で、合わせると四万二千九十一人。ピーク時の四分の一に減った。それでも慣れ親しんだ古里を離れ、不自由な生活を強いられている人が多くいる事実は重い。

 県内の市町村が震災関連死と認定した死者数は二月十三日現在、二千二百六十七人に上った。昨年二月二十日現在の二千二百十一人より五十六人増えた。関連死者数は二〇一三年三月十日には直接死者数を上回っている。

 震災に関連した県内の自殺者数は昨年十二月末現在、累計で百三人を数えた。岩手、宮城を含めた被災三県で最多となっている。

 これらの状況は、憲法前文が「平和のうちに生存する権利を有する」とうたう平和的生存権とは懸け離れていることを示す。居住・移転の自由(憲法二二条)、財産権(同二九条)、勤労の権利(同二七条)、ひとしく教育を受ける権利(同二六条)などと密接に絡んでくる。地方自治体が存続の危機にさらされたという点では地方自治(同九二条)も関係している。風評による言われなき差別は「法の下の平等」(同一四条)とは相いれないのではないか。

 財産権の侵害に対し、被災者は声を上げ続けている。その一つである裁判外紛争解決手続き(原発ADR)の和解案を東電が拒否し、打ち切りになる事例が相次いだ。和解案が拒まれると、強制力がないADRの紛争解決機能は失われる。そもそも和解案の尊重が制度の前提だった。現状は被災者への誠実な対応とは程遠い。世耕弘成経済産業相が三月、小早川智明東電社長に対し、損害賠償の改善を指導したのは当然だ。

 憲法が被災者の心のよりどころになり得ることを政治家は念頭に置かなければならない。条文を読み直し、現状と照らし合わせて復興の施策に当たるべきだ。(浦山文夫)