夏休みはなぜか、もの悲しい(8月18日)

2019/08/18 09:17

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 吉田拓郎の「夏休み」という歌を聴いている。耳慣れていて、さほど意識したこともなかったが、やはりいい歌だと思う。さりげない歌詞なのに、なぜか、胸が締めつけられるような淋[さび]しさがある。ネットのなかを覗[のぞ]いていたら、これは反戦歌だとか、広島の原爆を背後に沈めた歌だとかあって、驚いた。真偽は知らない。

 実は、作り手の隠されたメッセージとかを、詮索[せんさく]することそれ自体に、わたしは懐疑的なのだ。大学では日本文学の講義をしているが、批評や研究は「裏を読む」ことだと誤解している学生が、思いがけず多いことに戸惑う。たしかに作品の裏側には、作者の秘められた思いや、真っすぐには語ることを禁じられたメッセージが隠されているかもしれない。それをあれこれと探ることは楽しいだろう。しかし、あらゆる作品は、この世に生まれ出た瞬間に、作者の懐から離れて、読者の多様な解釈にやわらかく開かれ、委ねられている。優れた作品ほど、作者ばかりか時代の無意識を豊かに抱いている。

 拓郎の「夏休み」は傑作である。夏休みという時間の集合的な無意識に触れているからだ。聴いた人だれもが、みずからの夏休みをめぐる記憶や物語を呼び覚まされ、幼年期へとさらわれてゆく。そこに登場する、麦わら帽子、絵日記、花火、とんぼ、西瓜、夕立、せみの声……のどれを取っても、平凡すぎる道具立てだ。それなのに、数も知れぬ記憶や物語があふれ出してきて、どうしていいかわからないような、不思議にとりとめもない気分になる。

 そして、そこに挿入されている「姉さん先生 もういない きれいな先生 もういない」という歌詞の一節だけが、痛切なまでに拓郎その人の個の物語のかけらなのである。それを問いかけることは、吉田拓郎論として大切な鍵となり得るのかもしれない。そこには、広島の原爆の記憶がかすかに透けて見える。

 ところで、ふと思うのだが、夏休みはなぜ、もの悲しいのだろうか。わたしの勝手な思い込みなのか。夏休みは始まるときの喜びより、終わるときの切なさのほうが、妙に心に残っている。とはいえ、たぶん、それだけではない。日本人にとって、八月はお盆という、先祖の魂を迎えて、生者と死者が交歓する、かけがえのない季節なのである。盆踊りや精霊流しなどは、とりわけ深くだれしもの記憶に刻まれているにちがいない。そして、それはまた、広島・長崎の原爆投下から、太平洋戦争の終わり、敗戦の記憶へと繋[つな]がれている。死の影が色濃い季節なのである。

 震災の年の夏を忘れることはない。南相馬市では、津波に流された土台だけの家の庭に、高灯籠が立っていた。新盆の魂が迷わずに帰って来られるように。野の花がいたるところに供えられていた。それを見かけるたびに、ひざまずき、手を合わせた。海辺の流された墓地が建て直されている光景にも、くりかえし出会った。お地蔵さんの首が欠けたものが多く、胸に迫るものがあった。まさに、鎮魂と供養の夏であった。(赤坂憲雄、県立博物館長)