「へたれガンダム」誕生秘話 福島の鉄作家 故佐々木忠次さん

2020/06/21 09:45

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福島市平石地区にあるガンダム像を手掛けた佐々木忠次さん(妻の孝子さん提供)
福島市平石地区にあるガンダム像を手掛けた佐々木忠次さん(妻の孝子さん提供)
「へたれガンダム」を見に続々と現地を訪れるファンら。右腰部分にはハンマーのような新武器が装着されていた=20日午前11時30分ごろ
「へたれガンダム」を見に続々と現地を訪れるファンら。右腰部分にはハンマーのような新武器が装着されていた=20日午前11時30分ごろ

 福島市平石地区の一角にある「機動戦士ガンダム像」を訪れるファンが日に日に増えている。ビームライフルが何者かに盗まれたのが発覚して以降、にわかに注目が高まり、新たな武器を贈る人が相次ぐ。独特の風貌から「へたれガンダム」の愛称で親しまれるが、そもそも誰が何のために作ったのか-。誕生の裏には地元を愛した亡き鉄作家の存在があった。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う往来自粛要請が解除されて初の週末となった二十日。へたれガンダムが立つ広場にはひっきりなしに人が訪れた。親子連れから高齢者まで、ファン層はさまざまだ。像の右腰部分には十八日まで無かったハンマーのような新武器も装着されていた。

 平石区長の阿部克己さん(70)は「コロナ禍で癒やしを求めている人が多いのかもしれない。へたれガンダムが愛されている証拠で地区の住民としてうれしい限り」と話す。

 像は福島市の鉄作家、佐々木忠次さんが作った。佐々木さんは二〇一一(平成二十三)年六月に肺がんのため七十二歳で他界した。妻孝子さん(75)は夫の作品が愛される姿に、「いろんな人が気に掛けてくれてうれしい。本人も喜んでいると思う」と目を細める。

 設備工として長年働いてきた佐々木さんは定年後、福島市の山あいに工房を構えて本格的に鉄の作品を作り始めた。工房には毎朝通うほどの熱中ぶりで、「溶接でけがをしないか」という孝子さんの心配をよそに、家具から動物のオブジェまでジャンルを問わず制作に没頭した。

 佐々木さんがガンダム像を完成させたのは二〇〇九年ごろ。自宅前や地区の文化祭会場に飾り、地域の子どもたちに楽しんでもらおうという思いからだった。翌二〇一〇年、平石地区に展示していた自作の恐竜像が老朽化で撤去されることになった。恐竜像も地元を盛り上げようと仕上げた自慢の作品だった。「撤去されれば、寂しくなる」。みんなの目に触れる恐竜像があった場所に、ガンダム像を置いた。

 佐々木さんが亡くなってから鉄製の「機体」はさびが目立ち始めた時期もあったが、これまで二度、地区外から有志のファンが訪れて色を塗り替えた。

 「作品の出来が良いか悪いかは気にせずに人を喜ばせるのが生きがいだった。銃は盗まれたが今は注目を浴びて本望だと思う」と孝子さん。「へたれガンダムはぶきっちょな見た目。だけど、訪れた人を楽しませている。あの姿が夫と重なる時があるんです」

 高さ約二メートル、猫背のがに股姿。“本家”の勇姿とは少し違うが、その姿を一目見たファンは一様に笑顔になる。魅力は愛くるしい造形か、作品ににじむ制作者の面影か。今日もへたれガンダムは福島の大地に立つ。


■ライフル盗難後 武器寄贈相次ぐ

 へたれガンダムが元々持っていた鉄製ビームライフルの盗難被害は5月に発覚した。その後、モデルガンや作中に登場する「ハイパーバズーカ」に似たお手製の武器が匿名で寄せられ、6月17日には福島工高生が制作した新たなビームライフルが寄贈された。