見学会で最後の別れ 2021年度解体の浪江5小中学校

2020/07/24 10:05

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浪江中1年1組の教室で、自分の席に腰掛ける伊藤さん。壁にはプリント類などが震災当時のまま残る
浪江中1年1組の教室で、自分の席に腰掛ける伊藤さん。壁にはプリント類などが震災当時のまま残る
メッセージカードに幾世橋小への思いを記す日浅さん(中央)ら
メッセージカードに幾世橋小への思いを記す日浅さん(中央)ら

 二〇二一(令和三)年度に解体される浪江町の浪江、幾世橋、大堀、苅野の各小と浪江中の最後の見学会が二十三日始まり、東京電力福島第一原発事故で全町避難を強いられた当時の児童生徒が学びやに別れを告げた。「ありがとう、忘れない」。学校の思い出と、発生から十年目を迎えた原発事故を風化させないとあらためて誓った。

 原発事故当時、浪江中一年一組だった会社員伊藤舞さん(22)=東京都在住=は自分の教室を見渡し、懐かしさで胸がいっぱいになった。「大切な場所。ここで過ごした日々が一番楽しかった」

 クラスには幼稚園からの幼なじみが多く、みんな笑顔が絶えなかった。二〇一一年三月十一日は卒業式。「当日、教室の黒板に書かれた目標は『卒業式をマジメに行おう』。本当に騒がしかった」と笑う。

 原発事故後は家族と一緒に仙台市に避難し、五年間過ごした。「浪中」のことばかり考えた。休み時間の教室の喧噪(けんそう)、部活でバスケットシューズが鳴らす小鳥の声のような摩擦音-。日常が、青春が一瞬にして奪われた。一番仲の良かった親友とは連絡さえつかない。原発事故から十年目を迎えた今も、苦悩を乗り越えられないでいる。

 解体は寝耳に水だった。「日常を失い、今度は母校がなくなる。喪失感が大きすぎる」と目頭を熱くする。

 何人かの級友とは電話で近況を語り合う。「大変なのは自分だけじゃない。みんな頑張っている」と元気が出る。新型コロナウイルスの影響や社会人としてスケジュールが合わず、来られなかった人の分まで、校内をたくさん撮ると決めた。

 教室には黒板の文字に加え、壁のプリントや担任の名にちなんだ亀のイラストが書かれた幕がそのままある。当時の自分の席に腰掛ける。タイムスリップしたみたいだ。会いたい親友がいた左隣の席を見る。目をつぶって話し掛けたら、答えが返って来そうだった。

 つらい経験も含めて、当時のことを伝えていかなければならないと思う。新しい友達、職場の仲間…。そして、いつか生まれてくる自分の子どもにも。

■「被災の経験、人に優しく」

 沿岸部にある幾世橋小。六年生の卒業直前に被災した日浅幸美さん(22)=本宮市=は、級友と一緒に校内を巡った。「久しぶりだね。今何してるの?」。会えなかった日々を取り戻すように話した。「机が思ったより低い。背が伸びたんだ」とはにかむ。

 あの日、地震が起きて天井が一部崩れた。逃げた校庭から津波が見えた。父は福島第一原発に勤務していた。「大丈夫かな。死なないでほしい」。祈るように学校で一晩を過ごした。

 会津地方などを経て、本宮市に避難している。解体しても校庭の柵や遊具を残してほしいと願う。震災を思い出すための、つらくても大切な物だから。

 町教委が準備したメッセージカードには「ありがとう。大好きな学校で過ごした日々は私にとって大切な時間です」と記した。

 今は福祉の仕事に携わりたいという思いが強い。「被災したからこそ、優しく人に寄り添える」と真っすぐなまなざしで語る。経験を糧に成長できたと、校舎が思わせてくれた。