用地提供苦渋の決断 除染の徹底、切実な願い【復興を問う 帰還困難の地】(12)

2020/08/04 08:26

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自宅近くのモニタリングポストを複雑な表情で見る定男さん
自宅近くのモニタリングポストを複雑な表情で見る定男さん

 東京電力福島第一原発事故で全域が帰還困難区域となった飯舘村長泥行政区。特定復興再生拠点区域(復興拠点)外に村営復興公園を整備し、拠点内外の避難指示を一括解除する村の方針案は「特殊事例」とされる。

 四月、行政区にある白鳥神社で年に一度の例祭が催された。長泥字曲田から福島市渡利に避難している無職杉下定男さん(70)、徳子さん(67)夫妻ら住民二十数人が集まり、地区の安寧を願った。滞りなく終了した後、住民一同は祭礼場に足を運んだ菅野典雄村長から声を掛けられた。

 菅野村長は村民に見せるいつもの柔和な表情のまま、驚くような話を切り出した。「復興公園の用地を選定したい」

 杉下さん夫妻が初めて耳にする話だった。

 長泥行政区では、復興拠点で国が住民の居住再開に向け除染などを進めている。一方、曲田地区など拠点外は避難指示解除に向けた方針が示されていない。村は行政区内の分断を避けようと五月に一括解除の方針案をまとめた。拠点外に復興公園を設けることで道路や家屋周辺などの除染を促し、住民が立ち入れるようにする内容だ。

 村は方針案の策定を前に、水面下で住民との合意形成を目指した。菅野村長の話もその一環だった。

 祭礼の後、杉下さん夫妻ら主だった住民が四、五台の車に分乗し曲田地区を巡った。比較的平たんな土地に立つ家が、定男さんの目に入った。「この敷地が復興公園予定地に適しているのではないか」と考えた。しかし、その家の住民は、この日顔を出していなかった。

 杉下さん夫妻の自宅付近も通過した。乳牛の餌を入れていたサイロが目立つ母屋周辺は、避難後も手入れが行き届いていた。

 「何とかお願いできないでしょうか」。地区内を巡った後、夫妻は菅野村長から自宅敷地を復興公園用地として提供するよう頭を下げられた。

 「今のままでは、拠点外の十六戸は復興の置き去りにされる。除染も見通せない。誰かが受け入れるしかない…」。夫妻が苦渋の決断をした瞬間だった。


 夫妻は六月、環境省の担当者から復興公園整備に伴う対応方針について説明を受けた。公園の予定地となったのに伴い、母屋や牛舎にしていた小屋などを解体し、宅地や畑の大部分で除染を実施するという。

 ただ、定男さんは除染について納得できない部分がある。環境省が示した資料では母屋から離れた畑の一部が対象に含まれず、近隣の山林も実施されない。自宅から二百メートルほど離れた村道沿いの放射線監視装置(モニタリングポスト)の七月の数値は毎時一・二五マイクロシーベルト程度を示した。だが、木々が茂る自宅裏を知人の線量計で測ると、その二倍余りの数値が出る。除染されない場所があると、放射性物質が大雨などで土砂とともに拡散するのではないかとの不安が拭えない。

 「父親が切り開き、大切に守ってきた土地を差し出すんだ。安心して過ごせる場所にするため、除染を徹底してほしい」。決意を固めた夫妻の切実な願いだ。