本丸御殿跡の遺構か 市調査で発見 基礎構造の礎石 磐城平城

2020/08/26 08:27

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 いわき市の磐城平城本丸跡地で、江戸時代末期の戊辰戦争に伴う火災で焼失した本丸御殿跡とみられる遺構が二十五日までに見つかった。市の調査で、建物の基礎構造部となる礎石などが確認された。専門家によると、基礎構造が良好な状態で残る遺構は全国的に珍しい。大名らが使用したと推察される伊万里焼の染め付け磁器などの遺物も出土した。本丸跡地では市が公園整備を進めており、市は遺構への対応について検討する。


 遺構は市が公園に設ける体験学習施設の建設に先立ち、六月から実施している発掘調査で発見した。地上から深さ数十センチの地層に、建物の構造が推測できる石面(いしづら)をそろえた複数の列石が確認された。軒先から落ちる雨水を処理する「雨落ち溝」とみられる溝跡もあった。遺物は多数の磁器をはじめ、中国・清朝時代の皿、銀彩で文様が描かれた杯、東南アジア産の土器(茶道具)、砲弾も見つかった。

 現地を視察した考古学の専門家は、本丸御殿など当時の構造物に関する建築手法を解析する手掛かりになるとみている。調査した区域は焼土層で、落城時の火災の激しさがうかがえるという。

 城跡は現在、石垣や土塁の一部のみが遺構として残っている。市は中心市街地活性化広場公園整備事業として二〇一七(平成二十九)年に国の採択を受け、昨年十月に体験学習施設を含む磐城平城・城跡公園基本計画(仮称)を発表した。二〇二一(令和三)年度の完成を目指し、整備を進めている。

 名古屋城や熊本城をはじめ全国で城跡調査・整備の委員を務め、城郭考古学の第一人者として知られる千田嘉博奈良大教授(57)は「これほど完全な状態で見つかったことは驚きだ。地域の宝であり、全国の城の歴史を考察する上でも大きな成果だ」と指摘した。

 市公園緑地課は「(歴史的資産を)公有地化し保存していくことが公園整備の目的。遺構への対応は検討中」としている。


※磐城平城 1603(慶長8)年に磐城平藩の初代藩主・鳥居忠政が築城に着手した。現在のJRいわき駅北側にある高台に位置する。天守は建てられず象徴的な三階櫓(やぐら)が造られたという。内藤家、安藤家などの大名に受け継がれ、戊辰戦争の混乱で1868(慶応4)年に落城した。